第6話
翌日からの一週間は、仕事に追われて毎日くたくたで、冊子を開く元気もなかった。
隣の席の
そして週末。
今週はユタさんは出張で、県外に行くといっていたのでデートはなし。
時間が空いたから、とうさんの様子を覗きに行こうかとも思った。
だけど、体力的にちょっと難しいかなと考え直して、帰省は断念した。
その代わりに、あの冊子の英文を、訳してみようかと思いついた。
「あ!英語の辞書。ウチの本棚に忘れてきちゃった。ま、スマホでも単語くらい調べられるよね?」
こっちに戻ってくるときに、かばんに入れようと思ってた辞書を、本棚に忘れてきたのを思い出して、英単語検索アプリを探しかけ、思い直して英文の訳もできそうなアプリを見つけてダウンロードした。
そしてレポート用紙とペンを取り出して、まずは英文を、もう1枚には訳された文章を、それぞれ書きだしていった。
The sky which opens forever blue blue.
The earth which opens forever.
White flowers bloom as far as they look around it.
You are buried among poppies and sleep.
You sleep well well.
Forever until when.
I stare at you.
I stare until you wake.
When you came out of a sleep.
You leave all.
青く青くどこまでも広がる空。
どこまでも広がる大地。
見渡す限り白い花々が咲いている。
あなたはポピーに埋もれて眠ります。
あなたはぐっすりぐっすり眠ります。
いつまでもいつまでも。
わたしはあなたを見つめている。
あなたが目覚めるまで見つめている。
あなたが眠りから覚めたとき。
あなたはすべてを忘れます。
「かあさん『詩集』って言ってたって、とうさんが言ってたけど、なんか不思議な詩ね。詩の中にポピーってことばが出てくるから、表紙がポピーの絵だったのかな?」
そしてユタさんに英文の訳が一応できたことをメールで伝えた。
さらに一週間過ぎた日曜日、私はユタさんと行きつけの喫茶店に行った。
席に座って、頼んだコーヒーが来るまでの間に、私はユタさんに先日書いたレポート用紙を差し出した。
ひととおりり目を通し、再度ゆっくりと読んでいく。
「なんだろう。確かに詩のような感じもするけど、違う感じもするし」
「そう。私も詩みたいって思ったんだけど。それにしては、眠りなさいって何度も出てくるし、あと何となく違和感?まあ、そういう詩も、あっていいんだろうけれどね」
「詩にも、いろいろあるからね。単純に『こういうもの』とは、言えないところがある」
「眠りなさい、か。眠れっていう言葉を何度も繰り返すなんて、まるで子守歌みたいね」
そういうとユタさんは
「確かにね。『ね~むれ~ ね~むれ~』とかかな。そういえば、眠れないときに『羊が一匹、羊が二匹』って数えるっていうだろ?」
「うん。でも眠れないよね」
「あれ日本語で『羊』って言うから効かないってさ」
「そうなの?」
「ああ。欧米では、眠りはsleepで羊はsheepだろう?その発音が似てたからという説が、あるらしいよ。あとは羊飼いが、羊の数を数えているうちに眠くなったからという説も」
「へえ。おもしろいんだね。こんど試してみようかな」
「メグは、そんなの試さなくても、めちゃくちゃ寝つきいいんじゃないのか?」
図星だった。
一瞬間をあけて、答えた。
「うん」
私の返事にニヤッと笑ったかと思うと、ユタさんはまじめな顔に戻って言った。
「けど、眠れ、はいいとして。ここがちょっと気になるんだよなあ」
「どこ、どこ?」
ユタさんはレポート用紙の、最後の一文を指さした。
「『すべてを忘れます』って、なんか気にならないか?」
「あ~うん。確かに。書いてて『??』って感じだったもん」
「この詩?のことを調べたら、何かわかるかもしれないな」
「そうだね。ネットで出てきてくれたら、早いんだけどな」
そして私たちは、ゆっくりとコーヒーを味わい、そのあとは他愛ないおしゃべりをして、時間を過ごした。
それからの数週間は、仕事が休みの日にはひとりで、もしくはユタさんとふたりで図書館に行ったり、ネットで検索してみたりした。
けれども『詩』だと、私やユタさんが勝手に思っているだけで、別のものかもしれないし、膨大な情報の中から、あやふやな情報しかないたったひとつを見つけ出すのは、困難な作業だった。
ほぼ諦めモードの私は、解答が出ないもやもやした気分を抱えて、かあさんの四十九日の法要のために、土曜日に実家に帰ることにした。
葬儀から戻るときに、とうさんに『また来るね』と言ったまま、一度も帰っていない。
(とうさんゴメンね)の想いを抱えたまま、法事を行なってもらうお寺に向かった。
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