第3話

 「とうさん、これで大丈夫?ひとつだけみつからなかったんだけど」

「ああ。ひとつくらいは仕方がないな。……かあさんには、会ったか?」

「ううん。今から会ってくる」

棺の中のかあさんは、思った以上に小さく見えた。

「なんだか眠っているだけみたい」

「そうだな。綺麗にしてもらってよかったな、かあさん」

参列者もぽつり、ぽつりとやってきた。

みんな、かあさんの顔を見て

「眠っているみたい」

「べっぴんさんにしてもらったね」

私ととうさんにむかっては

「急なことで、驚いた」 

「さびしくなるね」と一様に同じことを言った。

ほとんど周囲に知らせていなかったので、一般の参列者はわずかなものだった。

親戚も、私のいとこが夫婦で来てくれたのと、いとこの父親……ふたり兄妹だったかあさんの兄、私からいえば伯父になる人だけだった。

とうさんはひとりっ子だから、とうさん側の親戚は来ていない。

「このくらい少人数のほうが、落ち着いて見送れるね」

通夜の後に控え室で、軽い食事をとりながら伯父がぽつりと言った。

 

 いとこ夫婦は「また明日も来るから」と、すでに自宅へと帰っていた。

「あいつは、小さいころから派手なこと目立つことは嫌いだったから、このくらいのほうが喜んでいるかもしれませんな」

「そうですね。わたしと結婚するときも、できるだけ地味に地味にというので、かえって面食らった覚えがありますよ」

「あのときはすまないことをしました。せっかく『どれでも、好きな着物を着ていい』と言ってくれたのに、あいつは『自分が持っている着物でいい』と言い張って……なんとか白無垢だけは着てくれと、お袋が説得してくれたから格好がついたものの。わが妹ながら、変わっているというか頑固というか」

とうさんと伯父さんが、ビールを飲みながら結婚当時の思い出話をしていた。

「とうさんとかあさんって、どうやって知り合ったの?同じ職場とか?」

前から疑問に思っていたことを、とうさんに聞いてみた。

かあさんに聞いても教えてくれなかったから。

「いや。見合いと言うか、紹介と言うか」

とうさんの口が、なんとなく重い。

「おまえのとうさんがな、同じ仕事場だった役所にいたあいつ、おまえのかあさんだが、に一目ぼれしたらしくて。あちこちツテを頼って、見合いにこぎつけたのよ」

伯父さんがにやっと笑いながら教えてくれた。

とうさんは照れているのか、首のうしろを手のひらでこすりながら、コップのビールを飲み干した。

 

 「ほら。明日も忙しいんだからもう寝るぞ。義兄さん、お風呂、お先にいかがですか」

「いや、わたしは少々風邪気味なので、今日のところは遠慮しておきます」

「それならば、余計に早めに休まれたほうがいい。あちらの部屋にはベッドがありますので、そちらをお使いください」

とうさんに勧められるままに伯父さんは小部屋に行き、やがて眠りについたのか、物音がしなくなった。

「とうさんは風呂に入ってくるかな。お前が先に入ってもいいぞ」

「私は朝風呂派。とうさん入っておいでよ。その間にここ片づけて、布団敷いておくから」

「そうか。悪いが頼んだよ」

とうさんがお風呂に行ったのを確認してスマホを開き、彼に『お疲れ様です。今日の行事、完了しました』とメールを打った。

そして片づけと布団の用意をして、片方の枕の上に『ちょっとコンビニまで行ってきます』とメモを残し、部屋を出た。

コンビニまで歩きながら、彼に電話をかけた。

ツーコールで、彼が電話に出る。

「もしもし~。お疲れ様で~す」

「おう。お疲れ様。無事に済んだみたいだね」

「うん。お参りに来てくれる人も多くはなかったから、こじんまりと」

「そうか。大変だったな。疲れたんじゃない?」

「そうでもないかな。斎場の人が色々と手伝ってくれたし」

「そうか。でも今夜はちゃんと早く寝ないと。明日も早いんだろう?」

「そうだね。ありがとう。ちゃんと寝ます。ちょっとコンビニって言って出てきたから、もう帰るね。おやすみなさい」

「おやすみ」

コンビニでペットボトルのお茶と缶コーヒーを買って部屋に戻ると、すでにとうさんは眠っていた。

私もとうさんの隣の布団に横になり眠りについた。

 

 夜中にかあさんが棺から起き上がるというという、不可思議現象が起こるはずもないまま一晩が過ぎ、朝食がわりの“おとき”を済ませたあとは、葬儀そして火葬後に初七日法要と、一日が慌しく過ぎていった。

初めて乗った霊柩車は、お世辞にも乗り心地がいいとは思えなかった。

館内放送で呼ばれて目にした灰の中のかあさんは“たったこれだけ?”と思うような姿に変わっていた。

すべてが終わった後、伯父さんはいとこ夫婦が『帰り道だから』と車に乗せて帰ってくれた。 

遺骨を持ち帰り、斎場の人が座敷に設営してくれた後飾りに遺骨と位牌、遺影を置き、花や果物などを飾り、とうさんとふたりで手を合わせた。

「今日は、ご苦労だったな」

「とうさんこそ、お疲れさま。お茶いれようか?ペットボトルのだけど」

「ああ」

「夕ごはん、なにか作ろうか?それとも買ってくる?」

「おまえも疲れてるだろう。弁当でいいさ」

「わかった。もうちょっとしたら着替えて買ってくるね」

とうさんと二人で食べる夕ごはんって、いつぶりだろう?

いつも、かあさんがいての三人か、かあさんと私の二人だけ。

“ごはんのときはテレビはつけない”という決め事のため、食事の時のBGMはかあさんのおしゃべりがメイン。

でも、もうそのBGMを聞くことは、ない。

 

 翌日から、とうさんが役所や銀行の手続きに回るあいだ、わたしはかあさんの持ちものの片づけをすることにした。

すっきりと片づいていて、持ちものなんて少なそうに見えたのに、タンスや鏡台の引き出し、収納ボックスなど想像以上のものの多さに、意外なほどに時間をとられてしまった。

買ったままタグも切ってない服とコート類は、親戚への形見分け用に収納ボックスにまとめた。 

そのほかの普段着で、私が着たいなと思うものとお気に入りだった服以外は、思い切って処分することにした。

処分そのものはとうさんに頼むことにして、処分用のビニル袋に入れていった。

洋服と小物類をあらかた片づけたあとに、今度は本棚に手をつけた。

料理関係・手芸関係・ガーデニング関係などなど並んでいる趣味関係の本を抜き取って見てみると、ところどころに付箋が貼ってあったりマーカーがひいてあったりした。

別の一冊を抜き取ってパラパラとめくっていると、本の間から一冊の薄い小さな冊子が落ちてきた。

 

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