第2話

 彼。

かあさんとの距離を置く、原因にもなった人。

彼とつきあいだしてしばらく経った頃に、かあさんに『紹介したい人がいる』と切りだした。

その頃は離婚して時間もたっていたし、かあさんが孫の顔を見たがっているのがわかっていたから、つきあっている人がいて、いずれは結婚すると言えば少しは喜んでくれると思ったからだ。

最初はかあさんも『よかったじゃない。どんな人?』と聞いてきた。

それで私は“年齢差が十一歳であること。自営業者であること。頼り甲斐があって優しいこと”などを伝えた。

その途端、猛反対が始まった。

「十一歳も歳上なんてみっともない」

(誰がそんなこと決めたの?)

「どうせあなたが『若い』っていうだけで言い寄ってきたんじゃないの?あなたがオバサンになったら、さっさと新しい若い子見つけていなくなっちゃうんじゃないの?」

(彼に、先にアプローチしたのは、私だもん!)

「だいたい女の方が長生きなのに、どうせその人が先に死んじゃうでしょう?その後にあなたがひとりで寂しい老後を送るなんて、そんなつらい思いさせられない」

(いやいや。長生きかどうかは平均値であって個人差は多々あるし。彼の方が長生きかもしれないし、子供もいるだろうし)

「おまけに自営業者だなんて。そんな明日をもしれない仕事なんて、あなたがみすみす苦労するだけよ」

(彼の会社は堅実だし。それに一流会社に勤めてるからって、リストラとか……不慮のことは起こりうるわけだし)

 

 かあさんに色々言われたとき、私は黙って聞いて心の中だけで反論。

その場で言い返したらさらにたたみかけるようにクドクド言われるし、かといって時間が経ってから『あの時かあさんが言ってたことについてだけど』と蒸し返そうものなら『言いたいことがあるのなら、なぜその時に言わないの』と、今度は説教も交えて再度同じことを聞かされるハメになるのだ。

その煩わしさが面倒で実家から遠ざかっていたのだけど。

「そろそろ寝るか?明日早いんだろう?」

「ううん、そうでもないかな。いつもと同じくらい」

「そうか。やっぱり明日送っていこうか?時間はどうとでも都合つくし」

「うん……ううん、大丈夫。自分で運転していく。とうさんをびっくりさせたくないし」

「まあ、急に知らない男に送られてきたら、オレが親でもびっくりするかな。わかった。気をつけて行くんだよ」

「うん。ありがとう。おやすみなさい」

私は自分のベッドで、彼はテーブルを片づけた床の上に予備の布団を敷いて眠りについた。

 

 翌朝、私はいつもの出勤と同じ時刻に起き身支度をととのえ、心配する彼に『大丈夫だよ』と言って実家へと向かった。

彼は『気をつけて。ちゃんと見送ってくるんだよ』と送り出してくれた。

実家までは、車で片道三時間。

近いとは言えないけれど、遠くもない微妙な距離。

カーステレオには、大好きなミュージシャンのCDがセットされているけれど、なんとなく聞く気分になれず、でも無音だとさびしいので、めったにかけないラジオモードにして運転を続けた。

めったにかけないとはいえ、チャンネルはセットしてある地元のラジオ局。

その音声がだんだんと雑音混じりになり、あきらめてオートセレクトで止まったチャンネルから聞こえてきた、懐かしい番組のテーマ曲を聴いた時に(帰ってきたんだ)という実感が湧いてきた。

市内のメインストリートに入ってもたいした渋滞にもまきこまれず、ほぼ予定通りの時刻に目的の斎場に到着した。

車を降りる前に彼に『今、着いたよ。これから中に入ります』とメールを打った。

すぐに彼からの返信。

『お疲れ様。ちゃんとおとうさんを、支えてあげるんだよ』と書いてあった。


 斎場に入り、目についた職員らしい人に苗字を告げると「こちらが控室になります」と案内してくれた。

係の人の話では、かあさんは別の場所で死化粧というのを施してもらうために、一旦斎場を離れているとの事だった。

とうさんも、所用を済ませるとのことで出かけたらしく、私は手持ち無沙汰な気分で控え室に入った。

控え室には、遺影とロウソクと線香立て、あとは座布団が数枚置かれているだけだった。

取りたててすることもなく遺影を見ていたら、ふと(これって、いつ撮ったのだろう?)と疑問に思った。

写真から推測される、当時のかあさんの年齢と“写真を撮られる”という行為が結びつかなかったのだ。

写真嫌いだったかあさんが、これだけ真正面を見て写ってるのだから、よほどのことだったのだろう。

あとで、写真を選んだとうさんに聞いてみようと思った。

ほどなくして、とうさんが斎場にやってきた。

電話口の声も疲れていたけど、なんだか一気に老け込んだ気がする。

「ただいま。家じゃないからただいまって言うのもヘンだけど」

「ああ。お帰り。かあさんはまだか」

私がうなづくと、とうさんはポケットからメモを取り出して私に渡した。

「悪いが、家に戻って、このメモのものを持ってきてくれないか。かあさんと一緒に入れてやりたかったが、とうさんでは見つけきらなくてな」

「わかった。時間のこともあるし、見つけられるものだけでもいい?」

「ああ。とうさんは、ここを離れているわけにはいかないしな」

「うん。行ってくる」

そう言って斎場をあとにして、私は久しぶりに実家に戻った。

 

 ひさしぶりに足を踏み入れるかあさんの部屋。

(ここって、こういう匂いしてたっけ?)

そう思いながら、とうさんのメモにあった、かあさんのお気に入りの洋服や小物などを見つけるために、タンスの引き出しなどを開けてさがしていった。

ひとつだけ,どうしても探しだせないものがあったけれど、通夜の時間も近くなってくるし、親戚も来てるだろうしと、見つけた物を紙袋に入れて斎場に戻ることにした。

途中、ちょっとした渋滞に巻き込まれたこともあり、斎場に着いたのは結構ギリギリの時間になっていた。

斎場の人に急かされるように喪服に着替えて式場に入ると、かあさんの棺は祭壇の前に

安置してあった。

 


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