第三幕-2
「そういう訳で、今日は登場人物がどう思っていたか確かめようとしたけど……上手くいかなくて。残念」
「まぁ……そういう時もあるよ。誰だって好き嫌いはあるんだし」
「それはそうだけど……前永君、もし人を殺すとしたら、どんな気持ちになる?」
「いや、あの……怨んでるとか?」
「怨みじゃなく、生き残る為って感じで」
……確かに、分かりそうにないなぁ。
考えた事もないし、気にした事もないし。
第一、考えた所で犯人に共感が出来る筈もなく。
これは……確かに面白くないと感じる人もいるだろうな。
「分からないし……分かっても、その本を面白く読めるとは思えないな。その本、ミステリーが大事なんだろ? だったら種明かしが面白いと思えるとか」
「そこも微妙なのよ。種明かしが終わって最悪な状況になるけど、そこで終わり。中断。後は想像力に任せますって感じで」
「成る程……でも、そういう悩ましい部分のある小説なら他にもあるじゃん」
「そうだけど、何か違うのよ。悩ましいけど楽しい小説はあるし、そういうのは好きよ? でも、それすらも中途半端というか……」
今日の本町は大分、手厳しいなと感じた。
普通、彼女は多少の物語の粗というか、設定とかがダメでも楽しめるけど。
今回のミステリーは設定がしっかりしてそうなのに、どうにも共感が出来ないでいる。
……分からないな、何か。
「まぁ、何回か読み直したら分かる事もあるかもしれないし」
「そう思って、実際に砂場でどんな感じなのか確かめようと思ったけど……ダメ、上手くいかない」
「実際に危険な目に遭う訳にもいかないからな。……やるなよ?」
「……我慢する」
相変わらず、どうにも危なっかしい所があって。
その内、事故で死んでしまうかもしれないと感じる程に儚くて。
……うん、今日は家に泊めた方がいいな。
ちゃんと間近で見ておかないと、どうにも不安だし。
「取り敢えず、続きは家に帰ってからしようか。泊りで」
「いいの? 迷惑じゃない?」
「放っておくと何をされるか分からないからな、本町は。閉じ込められる体験をしようとして、出られなくなっても知らんぞ」
「確かに。……やっぱり、違うなぁ」
それから家まで歩きながら、互いに無言のままで。
本町は何を話そうか迷っていて、俺はそれを邪魔するのも悪いなと思って。
……生き残る為、か。
そんな状況になったとしても、彼女を殺す気にはまるでなれない。
物語の犯人は後悔してでも自分を納得させ、殺したのかもしれないけど。
「……ねぇ、前永君はどう?」
「何が?」
「本を読んでさ、何となく理解が出来なかったら。感情。どんな感じになるのかなって」
「それは……読み直したり、それでも駄目なら自分には合わないって事で」
「そう……私はね、悔しいと思うんだ。その小説の犯人には、人を殺しても助かりたいと思って。後悔なんてしてなかったし」
「それを悔しいは……ちょっと分からないな」
「分からないから、なの。きっと犯人には自分の知らない世界が見えてるのに、自分は普通の見方しか出来なくて……それが悔しいって」
「そんなもんかね……でもいいじゃん、俺はそっちの方が好きだし」
「好き? ……えぇと、どういう意味で?」
「知らないから、本を沢山読んでさ。読書に真摯になってる所。……工場とか、見知らぬ場所に突撃するのはやり過ぎだけど」
「あぁ、そういう……私は嫌いかな、前永君のそういう所」
「嫌いって……何がだよ」
「秘密。教えないから……ミステリーだと思ったら? 私からの謎解きとして」「あのなぁ……」
嫌われる所、か。
まぁ、確かに夢中になってる所で現実に引き戻したりするけど。
そうしないと、どうにも危なっかしいからなぁ。
工場の時みたいに、先生まで来る大事は勘弁してほしいし。
「言っておくけど、連れ戻すのはお前の為だからな。もう少し公園にいたかったのかもしれんが、あまり遅くなると親から怒られるぞ」
「……やっぱり好きかも、そういう所」「はぁ……」
本町は、小説の登場人物を分からないと言ってるけど。
俺にとっては彼女の方が、まるで理解の出来ない宇宙人の様に思える。
これが物語の登場人物なら、確かに理解が出来なくても不思議じゃないし。
……悪い奴じゃないんだけどな、ただ、困惑させられてばっかりで。
そうして気まずい雰囲気の中、二人で家まで帰る途中で。
本町は読んでいた本を渡し、俺を先に帰らせた。
「本でも読みながら待っててくれないかな? 今日の料理は私が作るから」
「構わないけど……材料とかどうするんだ? 家にないぞ」
「買ってくる。自腹。泊めてくれるお礼って事で」
「けど、作ってくれるんだろ? 割り勘でいいぞ、それなら」
「いいの? ……じゃあ、特別なの作ってあげるから」
にっこりと、眩しい位の笑顔を見せて。
髪は長髪のおかっぱと地味だし、顔立ちも三白眼の地味な大和撫子って感じだし。
綺麗ではあるけど、普段は冷たい表情で本を読んでる印象しかなく。
そんな彼女が、つい見せる笑顔は特別で。
「……まぁ、うん。期待してる」
目を逸らしながら会話するのは変なのに、まともに顔が見れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます