第三幕-1

「……公園?」


学校からの帰り道、急にスマホが鳴りだして応答すると。

本町の母から、娘の居場所を聞かされる。

彼女の帰りが遅いなら、間違いなく居るだろうと。


「最近、読んだ本に似てる場所がそこだって言うのよ。折角だから迎えに行ってくれない。それと、ついでに泊めてくれたら嬉しいけど」

「……またですか」

「そう言わないの、ちゃんとお礼もするから。ねっ、いいでしょ?」


よくない。

大事な娘をほっぼり出して、相変わらず仕事とは。

生活するにも金が必要なのは分かるけど、娘じゃなくて俺に了承を取るなんて。

あいつも大変だな、こんな家庭を持ってるのは。


「……仕方ないですね。公園ってのは、帰り道にある公園ですか?」

「それが違うらしくて、砂場のある公園だって言うのよ。別に大した違いはないのに」

「砂場……ですか。分かりました、探してみますね」

「よかった。前永君、お礼は期待していいわよ」


それだけを言われ、電話が切れ。

前川は、思い当たる公園へ足を運んだ。

大井町高校と家の帰り道から、少し逸れた場所にある公園へと。

……にしても、砂場か。

普通、彼女が公園を舞台にした小説を読んでるなら、帰り道にある所へ行くけど。

砂場でないといけない何かが、きっとそこにあるのだろう。

もしくは、舞台が砂漠とか?

……ありそうだけど、何か違う気がする。

衝動的な本町なら、飛行機のチケットを手に海外へ行こうとするからな。

もしくは電車に乗って、鳥取砂丘に行くかもしれんが。


歩きながら考えても、答えは一向に見つからず。

結局、そのまま公園に辿り着いて見えたのは、砂場にいる本町の姿。

近くには空のペットボトル、それも彼女が飲みそうにない水が入ってる物で。

よくよく見ると、砂場が水で濡れているのが見えた。

砂場……水……もしかして池や海とか?

いや、それも違う気がするな。

彼女は最近、ミステリーを読み始めたと言っていたし。


「……生き埋め?」


本町に近付き、挨拶代わりにそう言って。

振り返り、見つめ返す視線は驚いた様子だった。


「あぁ、前永君が来たんだ。驚き。母さんに頼まれて?」

「そんな所。で、それって最近読んだミステリーの再現でしょ? 誰かを生き埋めにされるみたいな」

「……続けて」


いつもなら違うと言う所で、話の続きを期待される。

もしかして、今回は予想が当たってるとか?


「砂場に水を流していたから、多分だけど井戸に突き落として、上から砂をかけて生き埋めにするみたいな?」

「うん、惜しい。生き埋めは合ってるけど、そう簡単に答えには辿り着かないね」「そっかぁ……」


半分正解なら、割と進歩している方だろう。

前回は予想が大外れだったし……

何でだろう、半分は当たってるのに余計に悔しい気がする。


「ミステリーでね、地下に人が埋められるの。船。入り口は岩で閉じられてて……」

「ちょっと待って。船? それって海で人が乗るアレの事だよね」

「そう、それも聖書に出てくる伝説の船。……の名前が付いている地下施設だけど」

「あぁ、そういう」

「流石に地下で舟を漕ぐとか、そんな話はないし。でも、鮫なら地下で泳ぐ事はあるかな? 別作品」

「……話がややこしくなるから、読んでたミステリーに戻ってもいい?」

「分かった。その地下施設がね、地震の影響で水が噴き出して。早く逃げないと溺れ死んでしまうって感じ」

「そこで協力して脱出を目指す……待て、それならミステリーにならないよな?」

「正解。もう一つ、捻りがあるの。その閉じ込められた人の間でね……殺人が発生するってミステリーが」

「……かなりややこしくなりそう」

「脱出するには、一人が犠牲になる必要があるの。溺れ死ぬ覚悟で入り口を開けて。だから、犯人なら犠牲になってもいいんじゃないかって結論に」

「面倒な話になって来たけど……でも、まさにミステリーって感じだな」

「そうだけど、この話、一つ問題があって」「問題?」


「面白くないの」


普段、小説を乏しめたりしない本町が、今日に限っては手厳しく批判している。

顔付きも蛇の様に冷たく、残念って気持ちがひしひしと伝わって来て。

……一体、何があったんだ?


「……面白くないって事は、評判が良くなかったのか?」

「評判は良かったし、XXでも大好評。絶賛。だけど、読んでいて登場人物に入れなかった」

「入れない、か。あんまり分からないな、そういうのは」

「凄かったのは事実よ、種明かしには驚かされたし。だけど、あの本には謎がなかった」

「……うん?」

「言い方が悪かったわね。反省。ミステリーとしての謎はあるけど、人の謎がないというか……答えありきの人間って感じで……」「分からんな……」


普段なら、俺よりずっと流暢に言葉が出てるけど。

何を話せばいいか、一つ一つ確かめる様に探す姿は新鮮で。

こんな感じにもなるんだなぁと、驚きが隠せなかった。

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