第二幕-1

「……ゴミ拾い?」


金曜日の放課後、職員室で高丸先生はそう言いながら。

信じられないと言いたげな視線で、前永をジロジロと見つめてくる。

普段は鬼の高丸とか言われてるけど、こんな表情も見せるんだなと。

少し、高丸先生に対する忌避感が減った気がした。


「明日、本町とやるんです。ただ、手で拾うのも怠いから道具を貸して貰おうと思って。あの物を掴むヤツ」

「別に構わないが……折角の休日にか? それも女子と? デートするなら、もっといい場所があると思うが……」

「デートじゃないですし、付き合ってません。それに、言い出したのは彼女の方ですよ。で、道具は?」

「……ちょっと待っててくれ」


不思議そうに頭を捻らせたりするものの、特に何事もなく持って来てくれ。

三つ分、前永の前に渡してきた。

……三つ?


「先生、予備はいりませんよ」

「そう言うな。俺が使うのだぞ、構わないだろ?」

「……先生も行く気ですか? 勘弁して下さい、学校の外で先生の顔は見たくないですよ」

「そう言うな、ゴミ拾いの経験は俺の方が上だ。遠慮せずに頼むがいい」

「お断りします」「だったら、せめて場所だけでも」


それから数回、押し問答が続くも何とか断る事に成功し。

道具を二つ、手にしながら学校を後にする。

家までの道中、先に家へ帰ってるだろう本町の家に電話しながら。


「……もしもし、ゴミ拾いの道具、トングみたいなやつ用意して来たぞ。そっちは大丈夫か?」

「ゴミ袋とか手袋はバッチリ、後は行くだけ。楽しみ。場所は裏山の公園ね」

「あぁ……で、どうしてゴミ拾いなんだ? お前が読んでいたラノベ、ファンタジーじゃないか。まるで関係ないと思うけど」

「直接はね。そもそも主人公は王女だし。甘やかされて育ったから、ゴミ拾いをするって性格でもないわね」

「……裏があるな? 善行を積まないと死ぬ呪いに罹ったとか」

「惜しい、前後が逆。残念。……食事の時間が来たから、続きはまた明日で」

「あっ、ちょ……せめて、答えは教えてくれよ」


ふと、クリフハンガーって言葉が頭によぎった。

直訳すれば、崖に掴まるって意味で。

とある映画の最後のシーンで、強盗が崖に車で衝突した部分から来てるらしい。

車には金塊が山盛り、何とかして手にしたいけれど。

あと一人でも金塊の所に行けば、車は崖から滑り落ちてしまう。

そこで強盗の一人が、「いい案がある」といった瞬間に映画は終わり。

中途半端で終わる、モヤモヤとした感情を映画に準えてクリフハンガーと言うらしい。

……つまり、サッサと明日になって続きを教えて欲しいって訳だ。


それから家に辿り着き、前永も晩飯を食べ終わり。

今も尚、頭の中には本町の言葉が残っている。

どうして、王女様がゴミ拾いをする様になったのかという疑問として。

向こうも晩飯は食べ終わってるだろうし、今から電話をするのもいいけど。

……まぁ、こういう時に素直に答える様な性格してないんだよな、アイツ。


「……ってもなぁ」


確か、タイトルには○○帝国物語という感じだった筈だけど。

それを検索し、答えを得る気にはなれなかった。

何故か、彼女に負けた様な気がして。

もう少し考えたら、何か出てきそうだしなぁ……


「ファンタジー、改心、善行、ゴミ拾い……テンプレ。テンプレ?」


適当に言葉を口走りながら、何か思い付くのを待っていると。

ふと、テンプレって言葉が頭をよぎる。

確か……最近、流行ってるテンプレは悪役令嬢とかいうヤツだっけ。

現代社会を生きてる女子が、ある日、ゲームの世界に転生してしまって。

しかも悪役令嬢という、破滅の未来が確定してる存在に。

当然、ゲーム通りに悪役として生活すれば、最悪、死ぬ事にすらなるという。

だから悪役から逃れる為に、只管、善行を積んだとすれば?


「それだ! ……それか?」


本町が話していた小説が、悪役令嬢というテンプレだと考え。

けれど、どこか心という崖に何かが引っ掛かってる気がして。

そもそも物語は帝国の王女が主人公、貴族令嬢ではない。

捻りを加えて王女に転生したという物語かもしれないけど……


「……なんか、違うよなぁ」


愚痴った所で答えが出る訳でもないのに、どうしても疑問が口に出て。

結局、いつの様に歯磨きと風呂を済ませて寝る事にはしたけれど。

気になった頭で、布団に入って寝れる筈もなく。

ネットで悪役令嬢と検索しながら、ぼんやりと考え続けていた。

……気が付けば睡眠不足が確定する位、夜更かししていたと分からず。


朝、予定より一時間も寝過ごし、スマホから着信の音で目を覚まし。

慌てて手に取ると、不機嫌そうな声を出す本町が聞こえた。


「……約束、忘れてないよね? ゴミ拾いは今日だよ。土曜日。……体調、悪かったらゴメン」

「いや、寝坊していただけ。ゴメン、昨日の話が頭から離れなくって。考え込んでいたら、つい」

「……まぁ、そこまで気にしてくれたなら嬉しいけど。じゃあ、私は先に出てるから。前永君はゆっくりでいいよ」

「……すまん」

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