第一幕-4

気持ちは分かるけど、それでも怒られる様な事はしたくない。

そう言いたげな表情で一人、どうしようか考えながら部屋をうろつき。

本町の返事を待ってる間に、ポケットから振動と共に音が鳴る。

手を入れ、スマホを取り出して応答すると、本町の母が出た。


「もしもし……あぁ、こちらは大丈夫ですよ。後は寝るだけですから」

「そう? 良かった、何とかなりそうね。あの子、無口だから心配で心配で」

「積極的に人と話すってタイプじゃなさそうですしね。要件はそれだけですか?」

「えぇ、ちょっと気になっただけ。ねぇ、もし彼女が言う事を聞かなかったら怒鳴ってもいいから。無口で、何を考えてるのか分からない子だし」

「……そうですか」


それだけ言って、スマホを切る。

これ以上、本町の母と会話する気になれなくて。

自分の娘だっていうのに、言う事を聞かないなら怒鳴る?

信じられない言葉に、前永は溜め息を吐いていた。


「……誰? 母さん」

「そんな所。ちゃんと家にいるか、確かめたかったみたい」

「そう……やっぱり寝る。私、怒られたくないし」

「怒られたくない……か。だったら、俺が代わりになるから」

「えっ? ちょっと!」


普段から大声を出すのが慣れてないのか、上擦った声を出し。

手に取ってコンビニまで連れて行こうとするも、拒否しようと引っ張り返され。

それでも僕は彼女を連れて、夜の町へ歩き出そうとする。


「いいから。靴を履いて、裸足でコンビニは行けないよ」

「怒られるよ、夜更かしが知られたら」

「その怒る筈の親が、勝手に家へ置き去りにしようとしたのに? 一人にさせたのは向こうでしょ」

「……でも」

「なんかあったら、俺がした事にすればいいから。それに、本の話も聞きたいし」

「テンセブンのコーヒーは、本のと違うから。それに、大した話は出来ないし」

「いいんだよ、それで。さっ、行くぞ」


手を引っ張ると、何も言わずについて来て。

怯えてる様な表情だったけど、握り返す手は固く。

そのまま靴を履き終えて、親に秘密の冒険が出発した。

別に何でもない、ただ近くのコンビニに行くだけの冒険だけど。

不思議と、胸の鼓動が早くなるのを感じていた。


「それで、ホットだった? アイスだった?」


コンビニの前へ辿り着き、どちらが本と同じか尋ねると。


「ホットだったけど……アイスにする。熱いのは苦手だから」

「じゃあ、アイスのSを二つで」

「待って、Мにする」

「いいのか? 眠れなくなるぞ」

「そうだけど……もっと話したいし。あっ、ミルクも多めで」

「ミルクはセルフだよ。何個いる?」

「五個」「……多いな」


そうして買う物を決め終わった後、アイスコーヒーを手に店を後にする。

物語だったらもう少し明るい接客だろうけど、そこでの態度は事務的で。

どこか同じ事を延々と繰り返し、飽き飽きしてる様な感じがした。


「……あの接客じゃ、本には出来ないな」

「本と現実は違うから。きっと製法だって違う筈だし」

「製法? コーヒーの?」

「うん。豆をコーヒーマシンに入れる前にね、選定するの。いい豆だけを選んで、一つ一つ丁寧に」

「それでコーヒーが美味しくなるって訳か。まぁ、普通のコンビニで、そんな面倒な事はしないだろうし」

「それもあるけど、もっと大事な理由があると思ってて……きっと、愛情が見えたからかも」

「いや、それは見れないだろ」

「そう? 本の中にあったコンビニに来てる人は、選定してる所が見えてる筈。大事。自分が買ったコーヒーに、そこまでしてくれてるって愛情を」


豆の選定は店の中でしてると思うし、見えない筈だと考え。

それを言うのは無粋だと思い直し、口を固く閉じる。

時には、思っていても言わない方が良い事もあるし。

なんて思いながらコーヒーを口にすると、思わず顔を顰めてしまう。

……ミルクと砂糖、俺も入れとけばよかった。


「もしかして、コーヒー苦手?」

「……前に飲んだの、微糖と書いてあった缶コーヒーだったな」

「あぁ、そういう。交換する?」「……頼む」


そう言って、互いのコーヒーを交換する。

貰った勢いで飲もうとし、ふと、手が止まった。

もしかして、これ……間接キス?

その言葉が頭によぎった瞬間、家に帰る足が止まった。


「どうしたの?」

「いや、やっぱりやめとく。苦い方でいい」

「……あぁ、間接キス。気にしなくていいのに」


顔を合わせる事なく、手に持ったコーヒーを本町に渡す。

そうして再びコーヒーを受け取り、瞬間、口の中へ運ばせた。

舌に触れるほんのりとした苦みと、ミルクの味が口中に広まって。

気付けば、口からコーヒーを噴き出していた。


「ごほっ……待て! これ、お前の!」

「だから気にしなくていいと言ったのに。意外とピュアなんだね、前永君は」


そう話す本町の顔は、悪戯っ子の様に満面の笑みを浮かべていて。

見せつける様に手に持ったコーヒーを口にした後、再び俺の元へ返した。


「はい、これ。残念。間違えちゃった」「あのなぁ……」

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