第一幕-3

代わりに……作る?

その言葉を聞いた瞬間、頭の中で嫌な予感がする。


「いや、遠慮しとく。弁当だけでいいよ」

「遠慮しないで。料理はレストランの本を読んでハマってるから。台所はこっち?」

「待て、いいから……あぁ……」


制止の声も届かず、奥の部屋へと歩いて行く。

運悪く、台所の部屋を発見され、本町は何の遠慮もなく冷蔵庫を開けた。

……まぁ、知られたからどうという話じゃないけど。


「……無いね、材料。空っぽ。前永君はどうやって、こんな惨状で生活が出来てるのかな」

「食事はあまりしないからな。作っても軽い奴だし、後は外食。悪かったな、こんな家で」

「悪くはないけど意外……でもないか。納得。思春期の男は、こんな暮らしをしてるとラブコメにあったし」

「どんな本だよ……」


無駄に当たってるのが嫌になるが、事実だから仕方ない。

一応、部屋は片付いている事だけが幸いか。

親から部屋の清掃はしっかりする様に言われてたけど……

「家に誰かを連れて来る日が来た時、困るじゃない」っての、本当だったんだな……

結局、本町が買って来た弁当をチンして食べる事にした。

いつもなら一人で寂しく食べていたであろう台所で。


「……不思議。コンビニの弁当、意外と美味しい」

「普段は食べてないのか? ……考えてみれば、親が作ってくれるか」

「そうじゃなくて、こうして二人で食べるのが。いつもより、温かい味がする。それに……こんな食事はよく食べてるし」

「どうして?」

「一人で育ててるから、忙しいみたい。帰るのが遅くなる時も多いから、作り置きか弁当で。でも、誰かと一緒に食べると弁当も美味しいと思う」

「別に変わらないと思うけどな……そういえばさ、本町が読んでたのってコンビニが舞台の小説だろ?」

「そうだけど。よく気づいたね」

「偶々、チラッとタイトルが見えてな。……で、何でタイトルにコンビニなんだ? 変だろ? そんなの」

「変? どうして?」

「コンビニで、温かい物語とか帯にあったけどさ……コンビニだぜ? 温かいとは真反対に思うんだが」


仮に温かい物語で小説を書くにしても、コンビニが舞台は有り得ない。

別にそう決められてる訳じゃないけど、それで本が書けるとは思えずにいて。

どうせなら、どこかの喫茶店の方がいいんじゃないか?

そう疑問を投げ掛けると、彼女は箸を置き顎に手を当てる。


「……コンビニ、だからじゃない? 前永君はコンビニだから有り得ないと思ってるけど、それが狙いなのかも」

「コンビニってさ、どこにでもあるじゃない? 全ての店が同じで、代わり映えのしない場所。普通だったらドラマなんか生まれない筈」

「そんな場所で、もし、人情的な物語が生まれたら? コンビニなのに、人間ドラマが生まれるとしたら? きっと、どんな物語になるか想像したくなるし」

「私が本屋さんで手に取ったのも、それが理由かも。もしかしたら、偶然の出会いとかかもしれないけど」


分かる様な分からない様な、そんな曖昧な話が続いていき。

納得しそうになるけど、完全に呑み込めない自分もいて。

「……どうだろうな」と、食事をするのも忘れる程、考え込んでる自分がいた。


「なら、試しに読んでみたら? 私の方は読み終わったし」

「考えとく」

「それじゃ、これ。読み終わったら感想、聞かせてね。楽しみ」

「気が向いたらな」


そうして弁当を食べ終わり、先に本町が風呂に向かって。

何の遠慮もなく、堂々と入ろうとするのが彼女らしい。

信頼されてるのか、それとも男として見られてないのか。

なんて思いながら、ふと、本をパラパラと捲った。

……読書、か。

彼女にとって、これが母親の代わりなんだと思う。

幸せな家庭とか、家族の絆とか、そういう物を味わえるのだと。

前永は一人でも大丈夫な男だけど、それでも彼女の境遇を思う事は出来て。

普段から寂しい家なのに、これから母親と顔を合わせる日も少なくなるのは……

別に親が悪い訳ではない。

何かしら事情があるのは分かっているけど……何かしら、やり返したくなる気持ちになった。


「お風呂、ありがとうね。でも、リンスなかった。驚き」

「男には必要ないからな。参ったな、言っとけばよかった」

「気にしないで、十分だから」


家から持って来た私服に着替えてる本町は、制服の数倍は可愛く見える。

薄いピンクのシャツに、真っ黒でフワッとした短めのスカート。

いつも地味な印象なのは、普段は制服でしか見ないからなのか。

……まぁ、だから何だって話だけど。

なんて考えてる間に、ふと、チラッと見た小説の一文が頭に浮かぶ。


「なぁ、コーヒー飲まないか?」

「何、いきなり」

「本にあっただろ? コンビニで、コーヒーマシンを新たに導入する話。パラっと捲って見たら、なんか飲みたくなって」

「変なの。残念……夜更かしし過ぎると、母さんに怒られるし」

「今日はここに泊まるから、気にする人はいないし。第一、怒るのはこっちだろ? 急に一人にさせるんだから」

「かもしれないけど……分かんない。待って。考えるから」

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