第二幕-2

「別に毎日って訳じゃないのよ。家にいられない時だけでいいから」

「いやいや、そんなすぐに決められませんよ。第一、本町は納得してるんですか?」

「そこら辺も含めて、お試しという事で。頼んだわよ」

「ちょっ、あっ……切れた」


家庭の事情が複雑なのは知ってるが、それを他人に押し付けるなんて。

唐突に言われた迷惑な頼みに、どうしようか迷っている。

このまま本町を家まで送り、電話は着信を拒否して。

そうすれば問題は解決なのに、やりたくないと考える自分もいる。

……家は寂しいから嫌いって、前に聞いたっけな。

何となくの雑談で深い理由は聞けなかったけど、何となく分かった気がして。

一日だけなら家に上げてもいいかなって、同情している自分がいた。

母親に対してじゃなく、本町に対して。


「……お待たせ。唐揚げ弁当にしたけど、どう?」

「本町、それ所じゃなくなったぞ。母親が、今日は俺の家に泊まれって」

「冗談? 前に話したお笑い芸人の小説の真似?」

「マジだよ。……大変だな、お前も」

「別に。私は本があるから……そっちは?」

「ベッドが一つしかないのがな。着替えとか、その辺もあるし……どうする? 家に帰るか?」

「……嫌」


睨まれた気がした。

それが自分に向けられた視線でないのに、前永を貫かれた感覚がして。

どうしようもなく親を嫌っていると、心の底から理解させられる。

……大変だな、本町の家は。


「服は家から持っていくし、布団は一緒に入ればいいから。あっ、枕は用意する」

「……いいのか? 男の家だぞ」

「中学の時から同級生だけど、何もしなかったでしょ? ヘタレ。だから大丈夫」

「……あのなぁ」


目つきと同様、本町の言葉は鋭い物ばかりで。

他の女子が昼休みに話してる間も、ずっと本を読んでいるだけ。

もう少し、言葉が優しくなればいいと思うけど。

それが出来たら、本町じゃないなと納得するしかなく。

……だから、俺に本の話をしに来るのかな?


「それで、泊まれるの?」

「仕方ないな。けど、唐揚げ弁当の費用は出さんぞ」

「分かった。了解。……じゃ、行こっか」


そう言って、何の遠慮もなく手を握り。

本町の家までの道程を、まるでデートでもしてるかの如く歩く。

……これで何とも思ってないんだからなぁ。

もう少し、遠慮とか配慮とかした方がいいけど……無理か。


「コンビニ、どうだった? 本の舞台に来た感想は」


歩きながら、むず痒くなる気持ちを抑えようと考え。

ふと、コンビニに来た感想を聞く事にする。

だけど、本町の表情は暗いままで。


「全然。普通のコンビニだった。全国どこにでもある、無個性で平凡なコンビニ。……ドラマ、見たかったな」

「ただのテンセブンにある訳ないだろ。というか、前の時もそうだったじゃないか」

「工場の時は、中に入れなかったから。……入れてたら、面白かったかもしれないし」

「そういうもんかね……なら、中学の時はどうだったんだ? 俺の知らない所で、何か面白い場所でもあったか?」

「たまにはあったけど……本当に嬉しかったのは最初の一回だけ。アレを超えるのは無理かも。多分」

「最初?」

「内緒。教えられないから」

「……今度、本の感想を言いたくなっても聞いてやらんぞ」

「待って……駄目なの。話したら、離れてしまうかもしれないから」

「なんだそりゃ? ……まぁいい、サッサと帰って飯にするぞ」


最初……か。

中学の頃はスマホ持ってなかったから、一緒に帰る事もなかったな。

精々、昼休みか放課後に本の感想を話しに来るだけで。

高校ではスマホ、登校した時に先生に預けるから使えないし。

自由に使おうにも、親から週一で変なアプリ入れてないか点検されるし。

おまけに本町からスマホの番号を教える様に言われたら、こうして捜索の為に使ってるし。

……スマホ、やめようかな?

なんて考えながら、道中を無言で歩く。

本町の方から本の話をされるかと思ったけど、彼女もお腹が空き過ぎて無理みたいで。

……そこまでして、現地に行きたくなるもんかね?

そうして荷物を取って来た後、クタクタになりながら辿り着く。


「お邪魔します。……思ったより広い。家、金持ち?」

「偶々、家賃の安い賃貸が見つかったんだよ。俺としては無駄に広い家だし、困るだけだけど」

「なら、二人で丁度良くなるね」


玄関を開けて、靴を脱ぎながらの会話で。

ほんの少し唇を微笑ましただけなのに、胸を打つ様な笑顔に見える。

黙っている時は暗い顔の、地味で目立たない大和撫子って感じだけど。

こうして偶に見せる顔の変化が、クラスの男子を次々と告白失敗に追い込んだのだろう。

なんて見惚れながら玄関で立ち尽くす前永に、不思議そうな顔で覗き込む。


「……どうかした?」

「別に……腹が減り過ぎて頭が回らなくなっただけだよ」

「そう、なら台所で座ってて。諸々、準備しておくから」

「レンジでチンするだけだけどな」

「確かに。なら、代わりに作ってあげよっか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る