本町さんの読書旅

アイララ

第一幕-1

「……行方不明?」


近所に住み、共に登校している本町豊の母親から電話があり。

彼女が行方不明になってる事を聞かされ、前永進は溜め息を吐く。

……今日は一体、何の本を読んだんだ?


「そうなのよ、すっかり夜遅くなってるのに。あの子、スマホを持ってないから連絡も出来なくて」

「いつもの事ですよ。普段、読んでる本の舞台に行きたがるのは。もしくは図書館かもしれませんけど」

「違うわよ。今日は買って来た本を読むから、早く帰って来る筈なのに……ねぇ、探してくれない?」

「またですか……まぁ、やるだけやってみます」


その言葉を聞いて安心したのか、お礼を言って電話を切り。

さて、どう探そうかと彼は考え始めていた。

本、か。

どうしてそこまで、夢中になれるんだか。

疑問に思いながらも、スマホと財布をポケットに入れ。

なるべく遠くに行ってないといいけどな、と思いながら大井町高校までの道を歩き始める。

入学して二ヶ月、本町豊を探すのはこれで三回目。

始めは高校の図書館で本を借り過ぎて遅くなっていただけ。

二回目と三回目は本を読んだ舞台に行ってみたいからと、銀行と工場にいた。

今回も同じ様に、どこかを気ままに彷徨っている事から。

そういえば、教室で何を読んでいたっけと頭の中で考え始めていた。


……コンビニ、確かタイトルにコンビニとあった気がする。

どうしてコンビニという平凡な名前を、でかでかとタイトルに付けたのか。

疑問には思いながらも、思ったより早く帰れそうだと安堵する。

工場の時は、現地の人に説明するのが大変だったからなぁ……

あの時は学校の人まで来たし、本人は反省文を書かされて。

それでも、本を読んでの外出を止めない胆力には恐れ入る。


正直、あまり楽しい行為ではない。

彼女の母親からお礼をされはするが、それで釣り合うかと言われると……

自分でも断った方がいいのにと思っているのに、どうしても付き合ってしまう。

それが彼女に対する同情……だと思っている。

本町豊の両親が離婚した時からの、哀れに思っての行動だと。


彼女の家に、父親はいなくて。

母親が一人で世話するだけの、寂しい家庭となっている。

家庭の中で父が暴力を振るっての離婚だから、別れるのは仕方ないと思うけど。

何だかんだで娘に対する愛情はあったせいで、今の彼女は独りぼっち。

だからこそ、本が唯一の友人なのだと母は言っていた。

そんな話を聞いているから、どうしても見捨てられず。

甘い男だなぁと思いながら、こうして近くのコンビニまで歩いていた。


帰り道にあるコンビニは、テンセブンという店しかなく。

見覚えのある姿を窓の外から確認し、中へ入って行った。

黒髪が腰近くまで伸びている、おかっぱの髪はよく目立つ。

地味だけど、それが逆に彼女の姿を際立たせているから。


「……本町、帰るぞ」

「親に呼ばれて来たの? もうすぐ帰るから……」

「外はとっくに真っ暗だぞ。何時間、経ってると思ってるんだよ」

「えっ? ……あっ、ごめん」


顔を上げて、三白眼の鋭い目を光らせて。

窓の外に広がっている外の闇を見つめる光景は、どこか幻想的で儚く。

……思わず、心を掴まされそうになった気がした。

ただの同級生で、昔から会話するだけの仲で。

それ以上でもそれ以下でもなく、恋愛に発展なんてした事のない仲で。

それでも、見つめるだけで男の心を射止める端整な顔立ちは卑怯だと思った。

……まぁ、彼女に告白して失敗した男は多数だけど。


「それじゃ、外で待ってて。少し買ってくるから」

「……今まで、何も買わずに数時間も店内にいたのかよ。よく怒られなかったな」

「不思議。……前永君は?」

「えっ? 俺?」

「迎えに来て貰ったし、お礼した方がいいかなって。本とか、何か好きな物を言って」

「そこで本かよ……いいよ、今日は近かったし」

「なら、コンビニ弁当にする。決定。少し待ってて」

「あっ、おい……全く」


制止も聞かず、彼女は買い物をし始めて。

仕方ないかと、外で終わるのを待つ事にした。

ついでに彼女の母へ、見つかったと電話をする為に。

電話じゃなくて、ライナでメッセージを送れば済む話だけど。

親の年頃になると、電話の方が安心するからと掛け直される事が多く。

結局、最初から電話をした方がいいと思う様になった。


「……もしもし、見つかりましたよ」

「どこ? 怪我してない?」

「近所のコンビニでした。ピンピンしてますよ、大丈夫です」

「そう、良かった。……ところで前永進さん、もしよかったら頼みがあるのだけど」

「……何ですか?」


やけに丁寧な口調、妙に遜った態度。

何か嫌な予感がするも、今更聞かない訳にもいかず。


「私ね、最近は夜勤も入る様になったのよ。夜、家にいない事も多くなってね。それで娘を一人で待たせるのもどうかと思って……でしょ?」

「僕は独り暮らししてるので、そういうのは分かりませんね。それで?」

「折角だから……二人暮らししてみない?」

「……はっ?」


二人暮らし、その意味は恐らく彼女と一緒に暮らす事で。

唐突に言ってきた無茶ぶりに、困惑で頭が追い付かない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る