婚姻の儀

 婚姻の儀はつつがなく終えられた。

 冥綰殿の前の広場で行われた式は、それはそれは大掛かりで豪奢なものだった。周囲には冥界中から集めた色とりどりの花々が飾られ、祭壇らしき台の上には大量の祝い料理が並べられている。

 冥界では黒は結婚において縁起の良い色ということで、黒を基調として飾り付けがされていた。大掛かりな垂れ幕や周囲を覆う布は全て漆黒であるし、周囲の建物の窓には全て黒い布で目張りがされていた。どうやら花嫁の姿を悪しきものの目から隠すという意味があるらしい。

 

 漆黒で揃えられた祭場の中、真紅の敷布が道標のように敷かれている。深い赤はバージンロードと呼ぶにはいささか物騒に見え、血のような色をしたそれを踏み締める恵菜の姿は、死後の陰鬱たるイメージに相応しい。だが、それ以上に圧倒的な美しさを体現していた。そこにあるのは冥界の王妃に相応しい、凛とした美貌だった。


 艶のある長髪は結い上げられ、凝った意匠の施された蝶のかんざしがゆらゆらと揺れている。幼虫から蛹になり、羽化する蝶は転生、復活の意味が込められているらしく、異界へ嫁ぐ花嫁の暗喩でもあるらしい。

 首筋からデコルテまでが露出したベアドレスは、彼女の均整のとれた体つきを惜しげもなく晒している。そして腰でグッと絞られ裾の広がったドレスは、高級な生地の質感と美しいシルエットで勝負をかけたシンプルなデザインで、彼女の美貌を余計に際立たさせていた。

 

 伝統装束は黒と聞いていたので白のドレスでの参加は難しいのかと漠然と思っていたものの、基本的に白も冥界では縁起物であるらしい。黒は何にも染まらないことから不変、永遠の意味をもち、逆に白は何色にでも染まれる、変化が可能ということから再生や復活の意味があるのだそうだ。

 結婚では永遠の愛を誓うため、黒を身につけるのが通例だとのことだが、白も不吉な色とは真逆であるため、周囲の反感もそう買わなかったのだと言っていた。


――白装束の婚姻も目新しくていいねぇ。

――しかもほら、新しい王妃様は相当な美人じゃあないか。


 遠目から見守る冥界の住人たちは歓喜と好奇の眼差しを恵菜に注ぎ、ひそひそと囁き合っていた。だが恵菜は持ち前の胆力でそんな視線を気にすることはなく、堂々と背を伸ばして立っている。


 そして彼女の見つめる先、真紅の敷布の上には、愛する男であるヨミが立っていた。黒の豪奢な着物に金の刺繍が施されたもので、普段の簡略化された装いとは違い、正装だとすぐに分かる。浮世離れした美しさも相まって、貫禄のある立ち姿だった。そして目を引いたのが黒の着物の上に掛けている羽織だ。オパールのようなきらめきが散りばめられ、見る角度によって細かな模様が浮き出る高級な布は恵菜のドレスと同じ生地だった。白い布地に垂らした長い黒髪がなめらかに揺蕩い、それはそれは周囲の目を楽しませた。


 恵菜がヨミのところへまっすぐと歩き、彼の手を取る。そして祭壇の前で盃を受けとり、酒を酌み交わして夫婦になる儀式を終える。半分ほど口をつけた盃を交換して三度に分けて飲み干し、この先も永遠に苦楽を共にすることを誓い合うのだそうだ。

 厳粛な空気をまとう祭場には、固唾を飲んで様子を見守る者たちと、幸せそうな冥王とその花嫁の息遣いで満ちていた。

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