4.僕たちの関係の方が、不思議じゃないですか?
「ナツさん、よく年齢間違えられるんじゃないですか? 僕としては直観的に年上のお姉さんだな、とは思ったけど。童顔ていうか」
「ああ、うん。最初は若く見られて嬉しいなって思っていたんだけど、年齢確認されるたびに身分証を見せるのが最近だとちょっと面倒くさいなって」
「背も小さいですもんね」
「それは、ハルくんが大きいだけなんじゃないかなって思うけれど」
「そうですか?」
「見たところ、180センチくらいあるでしょう」
「そうですね、それくらいはあるかもしれません」
とりとめのないそんな会話が続いた。わたしは、わたしの腕については一切口にはしなかった。自分から伺ってしまった時、彼とのこの妙な関係がないものとなってしまうのが嫌だった。
それに、きっと、彼から何か切り出してくるだろう、と。それまで待とう、と。
「着きました。いらっしゃい、ナツさん」
「ここは?」
目の前には、レトロと言えば聞こえの良い、古びた本屋。いらっしゃい、ということは彼はここの店員かなにかなのだろうか。
店の入り口から中に入るとレジのあるカウンターに、メガネをかけたおじいさんが座っていた。軽く会釈をすると、おじいさんも同じように返してくれて少し、安堵する。
おじいさんの横を通った時、お邪魔します、と一言断りを入れた。そうして先へ進むと少し長い廊下は左右にいくつか扉があり、その突き当りのいちばん奥。そこは在庫の本が積み重ねられている書庫であった。
その部屋の更に奥、積まれた本と本の間に扉があって、彼は更にそこを開けた。その扉の向こうにあった小さい部屋には、二人掛けのソファと、小さなテーブル。そしてシングルサイズの木製のベッドがあるだけだった。
「ここが僕の部屋。表向きは本屋だけど、実はここ、シェアハウスでもあるんです。大家はさっきカウンターにいたじいさんなんだけど、管理人は僕。廊下にいくつか扉があったでしょう?キッチンだとか水回りやシェアスペースがあって、あとはじいさんの部屋」
「そうなんだ。今、入居されてる方はいらっしゃるの?」
「俺とじいさんを除くと2人、入居者がいますね。入居用の部屋は2階にあって、実はあとひと部屋余ってるんですけど、借り手が見つからないまま1年以上が経ちます」
「おじいさんは、ハルくんの実のおじいさん?」
「いや、僕は全然、血縁関係はなくて。お世話になってるってだけで」
「不思議な関係なんだね」
「……僕たちの関係の方が、不思議じゃないですか?」
ふと、彼の瞳がわたしの瞳を捉えた。まるで心の奥底まで裸にされて覗き込まれているような感覚に恥ずかしくなる。
出会って間もない、それも不思議でおかしな出会い方をして、名前だってさっき聞いたばかりの相手の部屋にいることなんて、誰が想像できただろうか。しかし、ここは紛れもなく彼の部屋なのだ。それについて確信を持てるのは、その香り。先日と同じ香りが立ち込めている、この部屋。くらくらするほどの、彼の香り。
「そんなに緊張しないでください。……そうだ、お互い少し自己紹介をしませんか?」
「自己紹介、は、されたいです」
「ふふ、それじゃあ、僕から。駅南にある大学、知ってますか?あそこに通ってます。19歳で大学は1年生になります。年齢とか気になるだろうなと思ったのでとりあえず」
「若いとは思っていたけれど5個下かあ……大学も頭の良い子の通うところだ。わたしは今年24歳になりました。ハルくんの大学から、そうだなあ。徒歩、5分ちょっとくらいの場所にある中小企業で経理中心で事務員してます。これ、名刺」
「経理のお姉さん、かっこいいですね。数字に強いんだ」
「そうでもない。学生の時なんか理数系すごく苦手で、赤点ギリギリだった時もあるよ」
「それなのに、経理? 苦手を克服してがんばってるんですね」
「そう捉えていただけるとたいへん喜ばしいというか」
渡した名刺を眺めていたかと思えば、また、様子を伺うようにしてわたしを見つめる彼。見つめられるたびに、くらくらと、酔っぱらった時のように眩暈がしそう。誤魔化す目的で吐き出すかのように出てきた言葉は、少し掠れ気味で。
「どうして、あの日、わたしだったの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます