3.再会
あの不思議な出来事からほんの数日。休日だったこともありわたしはひとり、繁華街のとある喫茶店でコーヒーを嗜みながらスケジュール帳上の本日の予定を確認していた。春先、と言ってもまだ寒い。手にしているカップからは湯気が立ち上り、口に含んだ瞬間の特有の苦みがわたしを酷く落ち着かせる。
まだ午前中だ。美容院の予約は夕方だし、買い物も前回の休日で済ませたばかり。せっかくの休日だから、とこうして外に出てはきたが、美容院の時間まですることが何もない。最近は見たいと思った映画もないし……。
諦めてスケジュール帳を閉じ、鞄の中に忍ばせてあった本を手に取る。取得したいと考えている資格についてのテキストだ。試験の日まであまり猶予もない。とりあえず今日何をするか定まるまで、ここでゆっくりこれを読んでいよう。
数ページ進んだところで、ふと。急に、きつねにつつまれるようなそんな違和感を覚えた。どこか知ったような感覚にはっとして顔を上げると、向かいの席にわたしの視線は釘付けとなる。
……いたのだ。彼が。
優雅な様子で、こちらを見てにこやかにカップを口に運んでいる。気が付かなかった、ということは、さっきまではきっと、いなかったはずだ。
彼はカップをソーサーに置くと、こちらの気も知らないでわたしに向かって手を振った。そして、自らが座っている場所を指さすのだ。
すでに温くなってしまったコーヒーを飲み干すとわたしは、広げていたテキストを鞄にしまい、不自然なほど動揺しながら彼の目の前までどうにか歩いた。そんなわたしを見る彼の瞳は、どうしてか、愛おしそうでむず痒かった。
「見つけた。また会えましたね」
「あ、こんにちは」
つい裏返る声。自分でも聞いたことのないようなそれに羞恥を覚える。
彼はてきぱきと片づけをはじめたかと思うと、すぐに立ち上がった。そしてわたしから会計用の紙を奪ったかと思えばそのままレジへ進んで行き、会計が済めばまるで腕を絡ませるよう促すかのように、自らの肘を曲げて差し出す。
きっと、恋人同士が待ち合わせでもしていたかのように、周りからは見えるだろう。わたしはそれに素直に従い彼の腕へ遠慮がちに触れた。わたしはいまだに、彼の名前すら知らないというのに全くおかしな光景だ。
「あの」
ぴったりとくっつくようにして、街中を歩いている。どこに行くのかなんてものは前回同様、わたしにはわからない。ただただ彼に合わせて歩いている。大通りを歩いていたかと思えば狭い路地に入り、また人通りの多い通りに出る。
わたしは思い切って声をかけた。すると彼はわたしを見下ろして、また優しく笑って首を傾げるのだ。
「名前、聞いてもいいですか」
「ああ、そっか。お互い名前も知らなかったんでしたね。僕は高橋ハル。お姉さんは?」
「ハルくん。わたしは、ナツです、木下ナツ」
「あはは、ナツにハル。運命感じますね」
嬉しそうに微笑む彼に、なんとなく頬に熱が集まる。
わたしは、彼と会うのはまだ二度目だというのに、どうしてだろうか。なんとなく前から彼のことを知っているかのような感覚。以前、別の場所で、例えばすれ違っただけの人の中に、きっといたのかもしれない。
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