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「ぬいぐるみはぬいぐるみとして、今も存在してるんだけど」今度はレオが言った。「今も、子ども部屋にあるんだけど、俺たちの意識が入ってないというか……だから、そこに戻る」


「そう、そんな感じだね」

「……このままじゃいられないの?」


 私は尋ねた。お別れじゃないって、レオは言うけど、でも人間の姿をしたレオとはお別れじゃない。このハンサムとお別れ……。いや、ハンサムな姿がなくなってしまうのがもったいないとかいうのではなくて。


 でもそれをもったいなく思ってるのかもしれない。


「シャーロットはもう天に行ってしまったんだよ」困った顔でラルフは言った。「ウィンストンさまと一緒に。あの二人は、密かに思い合っていたから……。だから、シャーロットと二人で新しい世界に行ったんだよ。シャーロットがいなくなれば、僕らが人間でいる理由はないんだよ。人間になるのは、シャーロットのため。そう神さまと約束したんだから」


「俺はいつでも子ども部屋にいるよ! ラルフも! そっちが俺たちを捨てなければね」


 茶目っ気を見せて、レオが言う。そう……子ども部屋にいるのよね。私が会いに行こうと思えば、いつでも会える。でもその姿は――今のレオとラルフではないけど。


 私は笑った。どう考えていいのかわからなかった。そもそも私は疲れていた。今日はいろんなことがあったし、驚くべき話をたくさん聞いたし、お嬢さまは幽霊だし、レオとラルフはぬいぐるみだし……。それに時間も遅い。いつもなら、もうとっくに寝ている時間だと思う。


 夜の庭が綺麗だ。月が明るくて、空気が冷たい。遅い秋の庭。もうそろそろ冬がやってくるだろう。


 私はレオを見上げた。綺麗なレオ。それからラルフに視線を移す。かわいいラルフ。


 私は――私はやっぱり、なんて言っていいかわからない。




――――




 翌日は葬儀の準備で忙しかった。スーザンは一晩寝たら元気になっており、そしてレオとラルフは――いなかった。お嬢さまも、また。


 忙しさの合間をぬって、私とスーザンはカーター夫人の部屋でお茶をごちそうになった。私は昨夜の出来事をすでにスーザンに話していた。もちろん、レオとラルフからの感謝の言葉も伝えた。スーザンは軽く聞き流していたけれど、でも少し嬉しそうな表情をしていた。


「私と執事は先代の旦那さまの頃からここにいたんですよ」そう、カーター夫人は言う。私はカーター夫人に尋ねた。


「先代の旦那さまは、シャーロットさまの……お父さま、ですよね?」


 シャーロットさま――お嬢さま――。なんと呼んでいいかわからない。カーター夫人はうなずいた。


「ええ。ここにシャーロットさまはご両親と暮らされていたのです」


 私は昨夜あったことを、カーター夫人に話している。今からその補足の説明をしてくれるようだ。


 カーター夫人は伏し目がちに言葉を続けた。


「旦那さまは……厳しい方でした。また非常に嫉妬深い方でもあったのです。奥さまは美しく、明るく社交的で気さくな方でした。それが旦那さまの心を落ち着かなくさせたのです。奥さまが誰かと少しでも親しくしようものなら、すぐに仲を疑って……」


 間違ってるって。お前は間違ってるって、旦那さまは、夢の中の男の人は言ってた。旦那さまの目から見たら、奥さまはそんな風に見えたのだろう。


 でも本当に間違ってたの? それにもし間違っていたとしても……作り直す、なんて、よくわからない。


「奥さまは出て行かれたのではなく、助けを求めに行ったのですよ」カーター夫人は言った。「旦那さまに辛い仕打ちを受けて、助けを求めていらっしゃったのです。けれどもその途中で事故に合われて……亡くなられたのです」


 沈黙が広がった。私はティーカップに目を落とした。白のカップに濃いミルクティー。飲むでもなく、なんとなくそれを眺めている。


 カーター夫人の声が聞こえる。


「……旦那さまは、旦那さまなりに奥さまを愛してらっしゃったのでしょう。でも愛し方がわからなかった……。旦那さまのお父さまもそうだったのです。お母さまも冷たい方で、家庭は冷え冷えとして、そのような環境でお育ちになられた旦那さまも気の毒な方ではあるのです」


 また少し沈黙が広がった。カーター夫人は口を閉ざし、私とスーザンは何も言わなかった。私は夢の中の恐ろしい男の人のことを考え、それから美しい女の人のことを考え、その二人がお嬢さまの両親であることを考え――お嬢さま。


 お嬢さまは天に行ったって言ってた。今ではそこで幸せになってるの? ウィンストンさまとともに。


 そういえば、ふと気になることがあった。


「あの……カーター夫人は、レオとラルフの正体を知ってたんですよね?」

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