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 魔法? 幽霊だの魔法だの……。とんでもない話ばかり聞かされてるけど……。私は黙っている。なんといっていいのかわからないし。ラルフも少し黙ったけど、また口を開いた。


「シャーロットのお父さんは魔法の研究をしていた。彼は――人間を作り出したかったんだ。魔法で人間を。シャーロットは聞いたことがある。お父さんがこう言ってるのを。お前の母親は美しいけれど、その心は悪に堕ちてるって。だから自分が、心も美しい善なる母親を新たに作り上げると。シャーロットは……ただただ恐ろしかった」


 あの人……私が夢で見た恐ろしい男の人は、あれはシャーロット(お嬢さまなの?)のお父さんだったんだ……。似たようなことを言っていたもの。人間を作り上げる……待って、ちょっと、待って。レオが言ってた。お嬢さまは作り物だって。じゃあ――私の知ってるお嬢さまは――。


「お嬢さまは作られたのね!」私は大きな声を出していた。「その魔法とやらによって!」


「たぶん、そうだと思う」難しい顔でラルフは言った。「僕らもきちんと理解しているわけじゃないんだ。その魔法には湖の魔物とやらが関わっている。シャーロットのお父さんが魔法で新しいシャーロットを作った……。そうなのかな? それはよくわからない。でも、ウィンストンさまはあるとき、女の子を連れてきたんだ。シャーロットそっくりの4歳くらいの女の子だった。湖の近くで拾ったんだよ、とウィンストンさまはブライスさんに言ったんだ」


 それが……お嬢さまだったの……。お嬢さまは前に言ってた。ウィンストンさまのことを、あの人は私の叔父じゃない、って。たしかに叔父ではないけど……。


「シャーロットは、あ、これは幽霊になったシャーロットだけど」ラルフの話は続く。「シャーロットは動揺してた。だって、自分の偽物が現れたんだもの。でも、シャーロットは――あれは、私の一部だとも言ってた。シャーロットはすごくその女の子のことを気にしていたよ。育っていく過程をじっと見てた。


 シャーロットは言ってた。私が、私の人生をもう一度やり直してる、って。もう一度、最初から。できるならばあの子の手助けをしたい、でもどうすればいいかわからない、って。


 女の子は大きくなり、やがて14歳に近づいてきた。あの女の子は私の一部だから、また14歳で死んでしまうって、シャーロットは言ったんだ。そしてあの女の子ともっと触れ合いたいと思った。だから、シャーロットはね、姿を変えて、家庭教師としてこの屋敷で働くことにしたんだ。


 幽霊のシャーロットは14歳の姿のままだったんだけど、でも自分で自分を成長させて、生きていればこうだっただろう、って姿になったんだよ」

「その家庭教師が……メリルさん」

「そう」


 メリルさん……そうね、私も夢の中で気づいたわ。メリルさんとお嬢さまはそっくりだって。いえ、そっくりを通り越して、同じ人間のようだって。それは正しかったんだ。お嬢さまはメリルさん。


「シャーロットの一大決心だよ。僕らもそれを応援したくなったんだ」優しく、ラルフは言う。「シャーロットのそばで応援したかったんだよ。だから僕らも人間になってこのお屋敷でお勤めしようと思った。ぬいぐるみたちも人形たちも、みんな自分がその役をやりたかったけど、たまたま運よく僕とレオが選ばれたんだ。ああ――だから、レオと僕は本当は兄弟じゃないんだよ。でもずっと一緒にいるから兄弟みたいなものだけど」


 スーザンは気づいていたわ。二人が兄弟じゃないって。スーザンすごいじゃない! そういえば、今日も活躍したのよね。その話は後で、聞こう。明日、スーザンが目を覚ましたら。


「でも自分たちが何をしたかというと」首をひねりながら、やや自信なく、ラルフは言った。「特に何もしてないような気がする。今日もスーザンに助けられただけだし」


「スーザン、すごかったんだよ」明るい口調で、レオが横から言った。「部屋にいたら、急に辺りが暗くなってさ、なんだかよくないものが大勢いる気配がしたんだ。二人で怯えていたら、スーザンがどこからともなくやってきて、私は幽霊なんか怖くないって言って、追っ払ってくれたんだ」


 レオが笑う。楽しそうに私に頼んだ。


「後で、スーザンにありがとうって言っといてよ」


 ラルフも言った。


「うん、僕からもお願い」

「明日、スーザンが目を覚ましたら、直接言えばいいじゃない」


 私の言葉に二人は戸惑うように視線を合わせた。そしてラルフが私のほうを向いて、言いづらそうに、口を開いた。


「あの……最初に言ったよね、お別れだ、って」

「うん。お別れって……どういうことなの?」


「お別れじゃないよ!」はっきりと、強い調子でレオが話に入ってきた。「お別れじゃない。ただ――姿が変わるだけだよ」


「元の姿に戻るんだよ。僕たちほんとはぬいぐるみだから、その姿になる」


 ラルフが言う。そうだった……彼らはぬいぐるみなのだった。今は仮に人間の形になっているだけで。

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