5
「メアリ」
お嬢さまが笑って私の名前を呼ぶ。そしてくるりと私に背を向けた。扉を開け、部屋の外に出ていく。私は慌てて後を追った。
軽やかにお嬢さまは進んでいく。歩いている……というか、飛んでるのかな。私は何が何やらさっぱりわからない。ただ、お嬢さまの後を追うのに夢中だ。
お嬢さまはウィンストンさまの寝室にたどりついた。そしてその中に入っていく。ウィンストンさま……そういえば、お身体は大丈夫なのだろうか。でもこれはおそらく夢だから、元気でいるかもしれないけど。
お嬢さまは室内のベッドにすべるように近づいていく。天蓋つきの大きなベッド。ベッドの中はわからないけれど、今のところ、見える範囲には誰もいない。お嬢さまをのぞいて。静かな部屋だ。
現実なら、アトキンス先生やブライスさんがつめてると思う。じゃあこれは、やっぱり夢なんだな。
私もお嬢さまとともにベッドに近づく。ベッドの中にはウィンストンさまがいた。眠ってる。穏やかそうな顔だ。ひどく痩せていて顔色は悪いけれど、でも、平和で幸せな夢を見ているみたいだった。
私はウィンストンさまからお嬢さまに視線を移して、そしてびっくりした。お嬢さまの姿が――変化しているのだ。お嬢さまが少しずつ――歳をとっている。
10代から大人へ、さらにその先へ――。その姿はしだいに、メリルさんに近いものになっていた。近いもの? ううん、違うわ。メリルさんよ、メリルさんその人よ。
メリルさんもお嬢さまも灰色の目をしていた。私――どうして気づかなかったのだろう。二人はとてもよく似てる――。
似てる、どころではないわ。お嬢さまが歳をとった姿が、メリルさんなのよ。
今ではお嬢さまは、すっかりメリルさんになっていた。メリルさんは眠るウィンストンさまに身を寄せる――。屈み込み、その頬に自分の頬を近づけ、そしてとても愛おしそうに言った。
「私――」メリルさんの周りがやわらかく輝いていた。その光に、ウィンストンさまも照らされていた。「……私、あなたと歳をとりたかったの」
光は大きくなり、私を通り越し部屋いっぱいに広がり――そしてまた、暗闇に包まれた。
――――
私はお屋敷の廊下に立っていた。またいつの間にか場面が変わってる――。でもこれは……なんだか妙に現実感がある。夢の世界が終わったんだわ、と私は思った。元の世界に戻ってきたんだ。証拠はないけれど、強くそう思った。
私の目の前にあるのは、ウィンストンさまの寝室の扉だった。その扉が開く。中からブライスさんとカーター夫人が出てくる。カーター夫人は泣いている。
ブライスさんは、私を見て少し驚いた顔をした。
「旦那さまが……」固い声で、ブライスさんは私に言う。「旦那さまが亡くなられたのだよ」
カーター夫人の泣き声が少し大きくなる。そしてカーター夫人は、搾り出すような声で言った。
「……これですべてが終わって……」
すべてが終わる? 私が戸惑っていると、背後で声がした。
「メアリ」
スーザンの声だ! 私はぱっと振り返った。スーザンがいる! そしてその後ろに……レオとラルフも!
「どうして途中でいなくなったりしたのよ」
スーザンが不機嫌に言う。すごく疲れた顔をしている。私もスーザンに言う。
「それはこっちの台詞よ。いつの間にか消えちゃってるし」
「私、一人になってね、ふらふらさまよってたら、レオとラルフに会ったの。彼らは悪霊に取り囲まれて怯えきっていたから、私が退治して助けてあげたというわけ」
スーザンはきっぱりと言う。が、たちまちその声が元気をなくす。具合が悪いようだ。
「だから……私、とても疲れて……」
「スーザン!」
スーザンが私のほうに倒れこむ。レオとラルフも慌てて近づいて、手を貸してくれた。
――――
私とレオとラルフと三人で、スーザンを私たちの屋根裏部屋へ運ぶ。スーザンをベッドに寝かせて、二人にお礼を言うと、ラルフが真剣な顔で私に言った。
「話したいことがあるんだけど……いいかな」
私たちは黙って部屋を出た。話したいことってなんだろう。とても重要なことなんだろうなということが雰囲気でわかる。黙ったまま、一緒に階段を下りていく。
使用人用のドアから外に出た。雨はいつの間にか止んでいた。風も穏やかになり雲は去り、夜空には月と星が出ていた。欠けた月が辺りを照らし、庭の植物たちが影を作っていた。
……さっきからずっと変なことがあって。レオとラルフの様子もなんだかおかしいし。わからないこと、尋ねてみたいことが山ほどある。三人で今夜の出来事について思う存分語り合いたい。と、思っていると、ラルフが私のほうを向いた。
「……残念だけどね、もうお別れなんだよ、メアリ」
お別れ? どういうこと? このお屋敷を出ていくということ? ウィンストンさまが亡くなられたから暇を出された? でもこの二人がいないと、困る仕事がたくさんある。
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