3

 カーテンが動いた。人が部屋に入ってくる。二人。大人と子どもだ。大人は――私は、はっとした。さっきの恐ろしい人だ。子どもは10歳くらいの小柄な少年。


 二人は私が見えていないようだった。壺のそばに、二人は近寄る。


 少年は怯えていた。男の人はそれに全く気づいていないみたい。男の人は言う。


「私の妻は美しかったが――」さっきよりもだいぶ穏やかな口調で言う。でも冷ややかで親しみが持てない。「――その魂は悪しきものだったのだ。彼女は邪悪で堕落しており、そしてこの家から出て行った。……まあいい。彼女は間違っていたのだから……」


 男の人は壺を覗き込む。少年にもそうするよう、うながす。けれども少年は足を止め、近寄ろうとはしない。構わず、男の人は続けた。


「私は彼女を作り直そうと思う。新しく作るのだ。彼女は生まれ変わる。私の手によって。そしてその美しい外見に相応しい、美しく高潔な魂を得ることだろう」


 男の人は少年のほうを振り返り、笑った。


「そんなことができるだろうかと思っているのか? できる、私にはできる。これは古い魔法なのだ。湖の魔物と契約を交わし、新たな人間を作り上げるのだ」


 男の人の目が細くなる。少年は泣きださんばかりだ。


「これは良いことなのだよ。間違った人間がこの世にはびこるのはあってはならないことだ。けれども私は正しい人間を作るのだよ。その外見の美しさにふさわしく、中身も美しく正しい人間を。

この技術は後世に伝えていかねばならん。私は欲しているのだ、弟子を、後継者を。不幸なことに私には娘しかいない。女がこの術を知っても災厄しかもたらさないであろう。だから私はお前をここに連れてきたのだよ」


 男の人の手が少年のほうに伸ばされ、その肩を掴つかむ――。




――――




 また場面が変わる。今度は――子ども部屋だ。


 知ってるところにやってきた。あの閉ざされた子ども部屋だわ。でも家具などがいくぶん新しい。


 夕暮れ時のようだった。オレンジを帯びた光が、部屋に差し込んでいる。部屋には女の子がいる。座り込んで、泣いてる――途方にくれたように泣いている。


 さっきの少年と同じくらいの年齢の女の子だった。この子もやっぱり私が見えてないみたい。私は女の子をまじまじと見て、そして気づいた。


 この子――お嬢さまだわ。


 お嬢さまより少し若い。けれども、お嬢さまだ。この子ども部屋の主はお嬢さまだったの? ああ、でもこれは私の夢だから、実際にそうというわけではないだろうけど。


 お嬢さまが悲しんでいる。子どもが泣くのを見て、私も少しつらくなる。でもどうしたらいいのかわからない。それに――これはお嬢さまだわ。


 お嬢さま。昨日から続く嫌な気持ちが、私の中によみがえってきた。


 泣かないでちょうだい。お嬢さまに対する苛立ちと、そして今目の前で小さな子どもが泣いているという光景が、私の心を乱した。なぐさめるべきだと思う。でも私は――お嬢さまに優しい言葉をかける気にならない。


 それにこの子は私のことが見えないのだもの。なぐさめてもきっと無駄――。


 そう思っていると、部屋の外から足音が聞こえた。私は見を固くした。あの足音! きっとあの怖い男の人!


 お嬢さまもその音に気づいたらしい。一瞬、泣くのをやめる。顔をあげ、その顔がみるみる恐怖に染まる――。


 お嬢さまは怯えている。身体を小さくしている。震え出さんばかりだ。あの人、あの男の人――お嬢さまにも乱暴なことをするの?


 ダメよ! それは許さない! 身体の芯が熱くなる。


 足音が近づいてくる。ドアのすぐそばに――。私も恐ろしい気持ちになりながら、ドアをにらみつける――。




――――




 私は自分が倒れていることに気づいた。辺りは暗い。スーザンがいなくなったときと同じような光景――。スーザンがいなくなり、私はショックを受け、それでどうしてだかわからないけれど、一時的に眠ってしまったというの?


 それであんな奇妙な夢を見たの?


 私はのろのろと我が身を起こす。身体が強張っているように思う。でも動く。どこも悪くない、と思う。たぶん。


 悪くないのだったら、何か行動を起こさなくちゃと思う。ここから出なくっちゃ。でもどうやって? どうやって――。


 泣きたくなってしまった。スーザン。レオとラルフ。みんな無事なのかな……。そしてお嬢さま。


 お嬢さま。夢の中の小さなお嬢さま。私は途中までしか見ることはできなかった。お嬢さまはその後、どうなったの――。


 お嬢さまの元へ行かなきゃ、と思った。私はお嬢さまのメイドだもの。この不可解な現象がお屋敷全体を覆っているかもしれない。お嬢さまも闇の中で、怖い思いをしているのかもしれない。

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