2

「スーザン、大丈夫?」


 スーザンがいつのまにか私にもたれかかっている。私はスーザンを支えた。


「……平気よ」力のないスーザンの声。「ただ、頭が痛くて……」


 どこかで休めればいいのだけど。でもベッドは消えてしまったし、どこで休めばいいのだろう。


 レオが――レオが来ることを期待している。でも来ないかもしれない。期待ばかりしちゃダメ。私は一人で――ううん、スーザンがいるけれど、スーザンを守って、力を合わせて、この状況をなんとかしなくてはいけない。


 でも心細い。レオはどこにいるの? レオも恐ろしい目にあってたりするの? そうでなければいいけど……。


 ラルフは? 二人は一緒にいるのだろうか。そして、ブライスさんやカーター夫人、ウィンストンさま。この奇妙な状況はお屋敷全体に広がっているのだろうか。そして――そして、お嬢さま。


 ――お嬢さまも怖い思いをしてるんじゃない?


「スーザン」私ははげますように声をかけた。「ちょっと座りましょうよ。立っているとしんどいから」


「そうね」


 スーザンの少し、ほっとしたような声。私たちは寄り添ったまま腰を下ろし――そして、スーザンが消えたのだ!




――――




「スーザン!」


 私は驚きのあまり声をあげた。スーザンがいなくなっている! 私に寄りかかっていたのに! その存在がありありと感じられていたのに、今ではそれが消えている!


 私はへたりこんでしまった。一体……何がどうなっているの? 混乱と、そして恐怖がどっと襲ってきた。


 今まではスーザンがいたから。一人じゃなかったから、落ち着いていられたんだ。でも今は違う。私は一人――一人ぼっち……。


 恐ろしくて、ひどく恐ろしくて、私は立ち上がって、駆け出してしまいたかった。でもそれはできなかった。身体がしびれたようになって、立ち上がることができなかった。私はそれでも懸命に腕を動かして、自分の肩を抱きしめた。しかりしなきゃ! 怖くない……そう、こんなもの、何も怖くない。


 しばらくの間、そうしていた。すると、どれくらい経ったのか、どこからか音が聞こえてきた。


 耳をすます。これは――足音。そう、私が以前、このお屋敷で聞いた謎の足音。


 私は音がやってくるほうを向いて、目をこらした。暗闇に――何かが見える。恐ろしいけれど、目が離せなかった。それはぼんやりとして、少しずつこちらに近づいて、やがて人の形を取りはじめた――。




――――




 それは男の人だった。少し、古めかしい格好をしている。背が高く、やせた人だった。肉の薄い骨張った顔、乱れた髪の毛、少し猫背で、そしてその表情にはくっきりとした怒りがあった。その人は怒っていた。怒り、大股に、その人はこちらに向かってきた。


 けれども私の姿は見えていないようだった。その人が喉の奥から、うなるように声を出す。


「お前は間違っているのだ――。お前は美しい、だが間違っている。なぜお前にはそれがわからぬ――」


 お前は間違っている――。前にもこんな言葉を聞いたことがある。そう、夢の中でだ。ここに来て、間もない頃に見た夢。


 私、夢を見ているの?


 間違っている……誰が間違っているというのだろう。こんなふうに、怒りに満ちて否定されているのは、誰?


 男の人が私の前を通りすぎていく。彼はどこかに向かっている。その後ろ姿を見て、気づいた。男の人の前方にまた人がいる。恐怖と、やはり怒りの表情で、こちらを――といっても私をではない、自分に近づいてくる男の人を見ている。


 綺麗な女性だった。この人もやはり古めかしい格好をしている。


「お前は――」


 男の人が近づいていく。女性の顔が強張り、わずかに口が開く。誰かに似て――誰かを思い出させる。でもそれが誰かわからない。


 女性の美しい顔にますます恐怖が広がっていく。そして怒りと憎しみ。強い憎しみ。私はその時、気づいた。男の人の手に、鞭がある。


 男の人が腕を振り上げる。鞭が、女性に振り下ろされる。――見たくない! 私は固く目をつぶった。




――――




 場面が変わる。私は気づかぬうちにまた目を開けていた。私がいるのは、薄暗く小さな書斎。周りをぐるりと本棚がうめている。その途切れたところにカーテン。おそらくその向こうにまた部屋があるにちがいない。


 部屋の中央には変わった物。これは……何? 大きな壺のように思える。凝った鉄の台の上に置かれ、鈍色に輝く壺。


 床の上に模様があることに気づいた。円を描くような模様で、その中央に壺がある。


 私は夢を見ているの?


 どうもそんな気がしてきた。とりとめもない出来事がただ続いていく夢の中。どうやら私はいつの間にか眠っていたらしい。


 いつ寝ちゃったんだろう……。どこから夢なの?

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