4. 子ども部屋の魔法
1
翌日は朝から暗かった。風は相変わらず強くて、空は厚い雲が覆っていて、太陽の光は頼りなくて、天候が悪く周りの景色が薄暗かった。しかもその上、私の気持ちも……暗かった。
使用人ホールでの食事のときにレオの顔を見たけれど、なんだかムカムカしてそっけない態度を取ってしまった。ああ……なんだか……やだな。レオが、というより、お嬢さまが、というより、自分が嫌。
そもそもなんの確証もない話じゃないの。お嬢さまとレオが恋人同士、なんて……。私はお嬢さまの姿と、そこから離れたところにいるレオの姿を見ただけ。それがどうしたというの。
私はため息をつく。本当に、それがどうしたというの……。でも心の中のもやもやは消えてくれはしない。
午後からぱらぱらと雨も降り始めた。お嬢さまはピクニックに行きたい、なんて言ってたけど、行かなくて正解だったと思う。
事態が急変したのは夜になってからだ。私とスーザンとカーター夫人が台所で夕食の後片付けをしていると、ブライスさんが飛び込んできた。
「旦那さまが……」
ブライスさんの顔が青い。聞くと、ウィンストンさまの容態がだいぶ悪いらしい。カーター夫人の顔も青ざめた。
アトキンス先生を呼びに行ってるところらしい。カーター夫人はウィンストンさまのところへ向かうことになった。私たちは後片付けがすんだらもう休んでいいと言われる。
スーザンと黙々と残りの作業をして、屋根裏部屋へ戻る。部屋に入っても私たちは無言だ。メイドの制服を脱ぐ気にもなれない。
正直……ウィンストンさまの容態がすごく気にかかる、というわけでもない。私はウィンストンさまと最初の挨拶以来、ほとんど会うことがなかったからだ。だから動揺しているとかいうわけではないけど……でもやはり心配ではある。
雨は強くなっていた。風もさらに強さを増し、窓に壁に、雨粒をたたきつけていた。スーザンがぽつりと言った。
「長い夜になりそうね」
ウィンストンさまがどうなるかわからないから、とりあえずこのまま待機しておこうと言いたいのだろう。私はそう思い、自分のベッドの端に腰を下ろした。
嵐――。外は嵐の様相を帯びている。昨日思ったことが本当になったみたい。嵐になるかも、って。空気が重くて、私は落ち着かなかった。
嵐――嵐の夜に悲劇があったんだわ。このお屋敷で、30年前に。幼い娘が亡くなって、当時の旦那さまが湖に身を投げて――。それと同じ嵐の夜。同じ? 同じだなんて考えちゃダメ! また悲劇が起こりそうじゃないの……。
「……30年前に……」
スーザンの声が聞こえた。私はドキリとした。スーザンも私と同じことを考えていたみたい。
「今はあの時とは違うわ」
私はそっけなく言った。スーザンは私のそばに立っており、でも私のほうを見ずに、何かを気にしていた。
「なんだか……気分が悪いわ」
力無く、スーザンが言った。「嫌なものの気配がするの。何か……ものすごく、悪いものよ」
「スーザン」私は立ち上がり、スーザンの腕に手を置いた。「あなたはちょっとショックを受けているのよ。旦那さまの具合があまり良くないから」
「私、そんなに旦那さまのことが好きだったの? ほとんど会ったことのない人だけど」
無理に作った笑顔で、スーザンが私のほうを見て言った。
「病気とか――」死とか、と言おうとして、私はあわててその言葉を飲み込んだ。今、口に出すにはあまりにも不吉な言葉のように思えたからだ。「そういったものは人の心を落ち着かなくさせるのよ。アトキンス先生が来られれば、旦那さまの容態も落ち着くわ。私たちはここでそれを待っていればいいのよ」
「でも――」
スーザンが言いかけた瞬間、ふっと明かりが消えた。辺りはたちまち闇に閉ざされた。
――――
ずいぶん暗い、と思った。雲が厚く、月の光も星の光も閉ざされてしまっているからだ。私とスーザンは知らぬまに、くっついていた。しだいに、暗闇に目が慣れていく。
私は湖での出来事を思い出していた。あの時も真っ暗になって――あの時は昼間だったから、より異常だったと言える。でも今は夜だから。明かりが消えただけ。
それにスーザンもいる。
でも――。暗闇に目が慣れるにつれて、私は辺りの異常さに気づきはじめた。私たちがいるところは屋根裏部屋、見慣れた私たちの親しい部屋、だったはず。でも……どうして!? 見知った部屋ではなくなってる! いつのまにか家具が消えてる!
私たちはさらにぴったりと寄り添いあった。家具だけじゃない……壁も窓も消えてる……。ただただ茫漠と、暗闇が広がっている。
やっぱり、湖の時と似ている。これから闇が乳白色になって、レオがやってきて――。レオ――今どこにいるんだろう。
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