8
お嬢さまは怪訝な顔をしている。私の声が妙に固かったせいだろうか。
「知ってるわよ。二人いるでしょう」
「はい。話されたりしたことなどは……」
「ほとんどないわ。会うこともあまり――食事の給仕のときにたまに出てくるくらいね。でも大体はブライスで間に合ってるから。その二人が、どうかしたの?」
「いえ、なんでもございません」
不思議そうなお嬢さまの顔を見て私は嬉しくなった。レオとお嬢さまが恋人同士なんて、全然ありえないこと! ほんと馬鹿げた空想!
お嬢さまは嘘を言ってない。お嬢さまは本当に、レオとラルフのことをあまりよく知らない。もしこれが演技だとしたら、お嬢さまはすごい役者だと思う。
私は心が軽くなって、自分の部屋に戻った。
でも――それからしばらくして。私は見てしまったんだ……。
――――
秋は深まり、次第に冬が近づいてきた。色づいた葉っぱは落ち、空気が日に日に寒くなる。そんなある日のことだった。
お嬢さまのよい傾向は続いていて、その日も一緒に散歩したのだ。うっすらと曇り空の午後のことで、思ったより風が冷たかった。
「温かい上着を取ってきますわ」
私はそう言ってお屋敷に戻る。お嬢さまを残したまま。そして上着を抱え、小走りでお嬢さまの元へ向かう。
その時――見たのだ。
庭の大きな木のそばにお嬢さまはいる。お嬢さまは細っこく、頼りなく見える。そこからいくらか離れたところに――レオだ。
遠いけれど、わかる。あの長身はレオ。レオはお嬢さまを見ている。お嬢さまはそれに気づいてない。
私の足が止まる。
レオは――優しい表情でお嬢さまを見てる。愛おしそうに見てる。この距離からはレオの表情なんてわからないけど、でもきっとそうに違いないと私は思った。なぜか、レオの立ち姿にそんな雰囲気があった。私はお嬢さまのほうへ駆け出した。
「お嬢さま! 帰りましょう!」
私はきっぱりとお嬢さまに言った。お嬢さまが面食らっている。
「どうしたの、メアリ。何かあったの?」
「寒いじゃないですか。お身体に悪いです。早くお部屋に戻りましょう」
私は強く言った。お嬢さまは面食らったままだ。
「でも……上着を持ってきてくれたのでしょう?」
「天気が悪くなります」
私はお嬢さまの腕をつかみ、引っ張るようにして屋敷へと連れていった。
お嬢さまをこのままここにいさせたくなかった。レオにお嬢さまの姿を見てほしくなかった。一刻も早く、レオの視界からお嬢さまを消したかったのだ――。
――――
その日はその後も、お嬢さまのお世話をする仕事が残っていた。けれども私は冷静でいられなかった。でもそれを表に出さぬよう、いつもと変わらぬ態度をこころがけていた。上手くいったかどうかはわからないけど。
夜、お嬢さまの就寝の準備を手伝う。曇り空の一日だったけど、日が沈んでからはさらに風も出てきた。時折強い風が、庭の植物たちをざわざわと揺らす。
「私――ピクニックに行きたいな」
「ピクニック、ですか」
お嬢さまがお出かけしたがっている。喜ばしい話題なのに、私は冷たい声で返事をしてしまう。
「そう、明日、ね。ほら、大きな湖があるでしょう? そこに――」
私はちょっぴり笑ってしまった。湖。そこで、以前、怖い目にあった。でもレオが助けてくれて、すごく近くで私たちは寄り添って、レオも私にありがとうって言ってくれて、私は嬉しくって幸せで――。でも遠い昔のことみたい。
「明日はきっとよくない天気でしょう」笑いは一瞬で消えて、また冷たい声で私は言う。「明日は風がもっと強くなっているかもしれませんし、ひょっとしたら雨も降るかもしれません」
「でも私は行きたいのよ」
私の冷ややかな態度にお嬢さまは気づいているのかいないのか。やや頑なな調子でお嬢さまは私に言った。
「お身体に触ります」
私は返事をする。お嬢さまがまたそれに答える。
「そんなことはない。私はそんなに弱くないもの」
私はまた少し笑いたくなってしまった。お嬢さまはようやく、自分がどこも悪くないということに気づいたのだ!
「春になれば」実際には笑うことはなく、私は言った。「春になれば暖かくなります。その時に行かれればよいでしょう?」
春になれば――レオと二人でピクニックに行くといい。私の頭の中で、お嬢さまはレオの恋人であるという図式がもはや離れなくなって、ほとんど事実と化していた。
レオと二人で出かければいい。レオと二人きりで。アトキンス先生は、私にお嬢さまの友だちになってほしいって言ってた。でも、お嬢さまにはすでに友だちが――ううん、友だち以上の存在がいるんだもの。レオという恋人が。私なんていなくてもかまわないじゃない。
そして二人で好きだの愛してるだの言って、思う存分仲良くすればいい。
「でも、明日がいいの。明日なの、明日じゃないと――」
お嬢さまがぐずぐず言ってる。私はいらいらしてきた。明日がどうしたというの? 明日、何があるというの?
閉めきった窓の向こうで、風の音が聞こえた。ひゅうひゅうと高鳴り渦を巻き、私の心を落ち着かなくさせる。
風が――風が吹く。明日はもっと強い風が吹いて、雨も降って――本当に嵐になるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます