7

「その人、っていうか、その子だな」

「子どもなの?」

「すごく子どもってわけでもないけど。女の子」


 女の子。その言葉をさらりとレオは言った。でもそれは私の心をさらりとは通りすぎず、傷をつけるように重く残った。女の子。レオが好きな――女の子。


 私はレオを見ていて、それに気づくように、レオがまたこちらを向いた。無邪気なほほえみが見えた。私は目をそらしたくなったけれど、なぜだかそれはできなかった。


「灰色の目をしたかわいい子だよ。その子が、俺のことを大好きだって言って抱きしめてくれたから、嬉しくなって、お礼をしたくなったんだよ。その子のために、だからこうして――」

「そう」


 変に乾いた、感情のない声が出てしまった。そんな話は聞きたくないの、と大声で言ってしまいたかった。でもそれはできなかったし、レオはやっぱり無邪気な顔で、むしろどこか得意そうに、話をしている。


 かわいい女の子がいて、その子がレオのことを好きで、レオもその子が好きで、好きな子のことを自慢したくて――。私はいつの間にかうつむいていた。私の手と指が見える。シーツの上に置かれた私の丸っこい指。なんだか少し感覚がおかしくなってて、私の指じゃないみたい。


 手の下には繕いものの跡。レオは私を――裁縫が上手だって、言ってくれたのだけど――。


 レオの声がまた聞こえた。


「俺は、つまり俺たちはだからそのために――」

「こんなところにいた!」


 レオの声は途中で途切れた。使用人ホールの入口に人が現れて、レオのおしゃべりをさえぎったのだ。現れたのは、ラルフだ。


「探したんだよ、兄さん。突然いなくなるからさあ」


 ラルフはご機嫌斜めだ。レオは立ち上がった。


「ちょっと休憩しに来たんだよ」

「仕事はまだ終わってないんだよ。さぼらないで!」


 ラルフに文句を言われ、レオは苦笑しながら、部屋を出ていく。じゃあね、と私に一声かけて。


 部屋に私だけが残された。やっぱり辺りは静かで、そして少し日が陰ったような気がした。


 私は針を持ち直し、機械的に手を動かした。




――――




 ずいぶんと派手にショックを受けてしまった。その後私はぼんやりしてスーザンに心配されたりして、一日を終えた。でもいつまでもぼんやりしていられないものである。


 粉々にくだけちってしまった私のかわいいハート。そのかけらを集めてつなぎ合わせてつくろって(私は繕いものが得意なのよ!)、私はまたあらためて、明らかになった事柄を見つめた。


 ……レオには好きな人がいて、かわいい女の子で、それは私ではないってことよね……。


 故郷にいるおさななじみとかなのかな。彼女と約束したのかもしれない。下男として働いて、お金を貯めて、帰ってきたら結婚しよう、って。だから、そのためにここにいるのかもしれない。ああ……人生ってむなしいわ。


 もっともレオはハンサムだから恋人の一人や二人いるでしょうけど……二人いるのはどうかと思うけど……。


 灰色の目をした女の子だって言ってた。灰色の目……。そこで私は、はたとあることに気づいた。灰色の目。お嬢さまがそうじゃない?


 そこから、空想が一足飛びに広がってしまう。もしかして……その女の子がお嬢さま?


 レオの好きな人がお嬢さまなの?


 ううん、違う……。私は否定する。灰色の目をした人なら他にもいるもの。メリルさんだってそう。ただ、メリルさんはどう見ても女の子じゃないけど。そりゃもちろん、過去に女の子だったのだろうけど、今は違う。メリルさんが女の子だったときは、レオはまだ生まれてもないし。


 お嬢さまは……女の子だわ。それも、かわいい女の子だ。


 もしかすると、もしかすると……レオとお嬢さまは親しい仲なの?


 鼓動が早くなってきた。こういうことはあまり考えないほうがいいと思う。でも頭の中で、私はあれこれ詮索してしまう。


 もし、レオの言ってる灰色の目をしたかわいい女の子がお嬢さまのことなら。レオがここにいることにも説明がつく。お嬢さまのそばにいたいから、ここでこうして働いてるんだ。


 お嬢さまとレオは――レオがここに来て間もない頃に出会った。そして二人は恋に落ちた。主人と使用人の、身分違いの秘密の恋に。お嬢さまはこっそりとレオに会って、大好きよと言ってレオを抱きしめて、レオも嬉しくなって、それで――。


 ううん! 違う! 私はきっぱりと否定する。そんなことはありえない!!


 でもそれが全くないという証拠もない……。


 そんな変な考えが頭に浮かんだために、私の、お嬢さまに対する態度がその日以来、少しぎくしゃくしたものになってしまった。馬鹿らしい。自分の変な想像のために、お嬢さまを遠ざけてしまうなんて……ほんと馬鹿みたい。


 もやもやとして、私はある日、お嬢さまに尋ねてしまったのだ。


 もちろんはっきりと、レオと恋人同士なのですか? とは訊けない。だから遠回しに言ったのだ。


「……あの……この屋敷で働く下男のことはご存知です……?」


 お嬢さまの部屋で、お休みの準備が整って部屋を下がる前に、私は思いきって言ってみたのだ。

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