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「ええ、すごくよい気分転換になりました。歩くのってよいことですよ。それにこの辺りは空気も景色も素敵で。ピクニックにぴったりなんです!」

「――私も……行ってみたいな」


 ほんと!? お嬢さまの言葉に私はびっくりしてしまった。ピクニックに、行ってみたい!? ベッドの中から出るのさえも嫌がるお嬢さまが、ピクニックに行ってみたい!?


「ぜひ、行きましょうよ!」


 私は飛びつかんばかりに言った。お嬢さまとピクニック! すごくいいじゃない!「私がお供します!」お嬢さまが嫌じゃなければ、だけど。


 そしてレオやラルフも誘って……これも、お嬢さまが嫌じゃなければ、だけど。


 スーザンも呼んでもいいし、みんなで食べ物を持ってピクニックに行く――すごく楽しそう!


 明るい未来にキラキラしていた私に、お嬢さまの声が突然飛び込んできた。


「湖が、あるでしょう?」


 湖。私はドキリとする。そして曖昧に答える。


「え、ええ、はい。大きな湖が……」


 湖の魔物の話、お嬢さまは知ってるのかな。ここの前当主が魔物に食べられたという話――。お嬢さまには聞かせちゃダメだよね……。


「そう、それよ。大きくて綺麗な湖だって言ってた。私――そこに行ってみたい」


 お嬢さまが私を見た。そして笑った。よい笑いではなくて、いびつな、どこか不安になる笑いだった。


 魔物の話、やっぱりお嬢さまは知っているの? どうしてそんな顔で、そこに行ってみたいなんて言うの?


 私はなんと返事をしていいかわからず、黙ってしまった。




――――




 湖にお嬢さまがどうして興味を示したのかわからない。魔物の話を知っているのか――ともかくそれ以降、お嬢さまが湖のことを口に出すことはなかった。


 でもよいことがある。お嬢さまが少しずつ、外に出るようになったのだ! といっても、庭までだけど。でもこれはすごくよいこと。メリル先生と、ときに私とたまにスーザンと、お嬢さまは庭を散歩する。


 スーザンもよい兆候ね、と言ってて、メリルさんともこの喜びを分かち合いたいのだけど、相変わらず愛想のない人なのだった。


 ある日、私は使用人ホールでつくろいものをしていた。昼食の後、夕食までいくらか間のある穏やかな時間だった。ちょっとほっとできるひととき。


 使用人ホールの窓の近くに長椅子があって、窓からは秋のやわらかな日が差し込んでいて、私はそれを頼りにせっせと針を運んでいた。と、そこにレオがやってきたのだ。


「メアリ」


 レオが私に声をかけて、こちらにやってくる。レオ一人だけ。こちらも一人。使用人ホールには私たち二人だけ。


 私はちょっとドキドキして、手を止めて、レオを見上げた。


「仕事はどうしたの?」


 からかうように私は尋ねた。レオは長椅子の、私のすぐ隣に腰を下ろす。……近い! 少し手を伸ばせば届く距離じゃないの! こんなに近いのはあまりない。


「休憩だよ」おどけるように、レオは答えた。「庭仕事を手伝っていたんだよ。でも疲れたんで……」

「こっそり抜け出してきたのね!」


 私はとがめるように、笑顔で言った。レオが近くて、鼓動が大きくなってしまう――。でもそれに気付かれないようにしなくちゃ。


「休むのも大事なことだよ」


 レオも笑顔になる。私たちは顔を見合わせて笑った。


「メアリ、裁縫上手だね」


 レオが私の手にしているシーツを見て言った。私は慌てて打ち消した。


「そんなことない」


 でも嬉しい! レオに誉めてもらった。私は手で、繕った部分を隠すようにして、そして黙った。


 美しい秋の日で、辺りは静かで、部屋には二人きりで――二人きり! どうしよう! しかもこんなに近くにいる。私がちょっとでも動けば、レオと触れあうことになってしまうだろう。触れあって――どうしよう、どうしよう!


 シーツをぐちゃぐちゃにしそうになってしまう。私は一生懸命、気持ちを落ち着かせた。


 沈黙が怖い。何か――何か話さなくちゃ。あまりよく回らない頭で必死に考えていると、レオの声がした。


「メアリは、メイドになりたかったの?」


 横を向くと、すぐそばにレオ。そういえば……湖で奇妙な目にあったときに、この腕に抱きしめられて、胸に身体を預けたりして……その感触が蘇って、本当におかしな気分になりそうで、私はたちまちそれを打ち消した。


 そうよ、そんなことを考えてはいけない。ていうか、質問されてる! まずはその質問に答えなくちゃ!


「あ……えっと、うん。なりたかった……のかな」


 正直、よくわからない。周りの子たちでメイドになる子が多かったから、それを選んだまでという気はするけれど。でもなりたくなかったわけではない。


「レオはどうしてこの仕事を選んだの?」


 私は逆に尋ねてみた。これは聞いたことのない話題。レオの顔がふと真面目になった。


 私から視線をそらし、まっすぐ前を見て、レオはぽつりと言った。


「ある人のため」

「ある人?」

「そう、その人が好きで、その人の役に立ちたかったんだよ」


 好き? 誰のことなのだろう。ちょっぴり嫌な予感がした。レオはほほえんだ。

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