5

「もしくは急に天候が変わった!」


 怪訝な顔でこちらを見ている二人に、私はさらに言った。なんだかずいぶん馬鹿げたことを言ってる気もするけれど、暗い顔をして黙っているよりずっといい。


「急に太陽が隠れて、濃い霧が出たのよ……。ここらの人みんな困ってるかもしれない」

「とんだ天変地異だなあ」


 レオが笑い出した。さっき怒っていたのをすっかり忘れたみたい。私もつられて笑ったし、ラルフも苦笑した。


「夢から覚めるのを待つか、霧が晴れるのを待つか」レオはふざけるように言った。「その間暇だな。ゲームでもする?」


 私を見て、笑いかける。私も笑顔で頷いた。


「いいわね、なんのゲームにする?」


「それとも踊ろうか」レオが私に手を差し出す。綺麗な長い指。「さあ、お嬢さん、俺の手を取って――」


 それに応えるために、私もレオに向かって手を伸ばす。二人の手が触れそうになったその時――辺りが光に包まれた。




――――




 気がつくと、私は芝生の上に倒れていた。頬に当たるのはやや固い芝の感触。私は混乱し、身体を仰向けにした。青い空が視界いっぱいに広がる――。


 これはいつもの、私たちがいる世界だ! あの変な、霧の中の世界じゃない。


 私は飛び起きる。周りを見ると、レオもラルフもそれぞれに身を起こしているところだった。


「レオ! ラルフ!」


 私は少しよろめきながら、二人の元へ駆け寄った。


「メアリ」


 レオが私の名前を呼ぶ。少しぼんやりしているみたい。私たちはつどい、そして芝の上に腰を下ろした。


 何があったか、みんな口々に話す。みんなの話が一致する。みんな、あの濃い霧の中にいたのだ。あれは――私だけの夢じゃなかったんだ。


「よかった……無事に戻ってこれて」


 私は泣きたい気持ちで言った。すごく不安だったんだもん。今はほっとして、気を許すとほんとに涙が出てきそう。


「ありがとう、メアリ」


 穏やかな顔で、レオが言った。どうして? と思ってレオを見る。レオが優しい目でこちらを見ていた。


「メアリが俺たちを落ち着かせ、勇気付けてくれたからさ、こちらに帰ってこれたんだと思う」

「私は何も――」


 馬鹿げたことを言ってただけだけど。ラルフもほほえんでいる。


「僕もメアリのおかげだと思うな」

「そんなことないけど……」


 恥ずかしくなって、うつむいてしまう。でも――私のおかげなの? レオもラルフも私に感謝してるの? すごく嬉しい!


「俺――怖かったんだよ」


 レオがぽつりと言った。ラルフも隣で頷く。


「僕もだよ」

「違う。そうじゃなくて、怖くて腹立たしくて――わけがわからなくなりそうだったんだ。でもメアリがそばにいてくれたんだよ」


 レオが少し決まり悪そうに横を向いた。「だから、メアリには感謝してる」


「どうしたの、ずいぶん殊勝だねえ」


 ラルフがくすくす笑った。私は何と言っていいか、わからなかった。胸がドキドキして、すごく幸せだった。私が、レオの役に立ったんだ。


 秋の光がまた穏やかに降り注いでいた。あのへんてこな世界も、恐怖も、湖の魔物の話も、全部が遠くに行ってしまったみたいだった。




――――




 その日はそれからずっとふわふわしていた。怖いこともあったけど、あの霧の世界がなんだったのかわからないままだけど、でもすごく幸せなこともあった。


 スーザンが今日はちょっと変よ、などと言う。私は理由を告げずに、そうかな、なんて言ってごまかしてしまう。


 私がおかしいことに、お嬢さまも気づいたようだった。


「メアリ、何かあったの?」


 休日だけど、お嬢さまの部屋に用があったので、訪れたのだ。その際、ちょうど部屋の前で、夕食から戻ってきたお嬢さまと出くわしてしまった。


「はい、申し訳ございません。お嬢さまの部屋に置き忘れたものがあって、取りにきました」

「そういうことじゃないのよ。なんだかとても――浮かれてるみたいだから」


 え、そんなにわかりやすいの? お嬢さまは私を一目みただけなのに。ニヤニヤしてるのかな。私は慌てて顔を引き締めた。


「申し訳ございません」


 メイドの制服も着てないし。なんだかずいぶん無防備な姿でお嬢さまと対面しているような気がする。


「よい休日を過ごしたのね」


 やわらかい声でお嬢さまが言った。今日のお嬢さまはなんだか――優しいぞ。ご機嫌が麗しいぞ。珍しいことじゃない? 私は嬉しくなった。


「ええ、ピクニックに行ったんです!」


 私は思わず、陽気に答えてしまった。お嬢さまが尋ねる。


「ピクニック?」


「ええ、綺麗なみ――」湖、と言おうとしたのだ。でも、今日あった謎の一件を思いだし、また、湖に魔物が住んでいるとかいう噂をお嬢さまも知っている可能性があることに思い至り、慌ててそれを飲み込んだ。「……綺麗な――村を散歩して、農場の羊に挨拶して、森を探検して、秋の日を満喫してきたんです」


「それはよかったわね」


 お嬢さまが少し――ほほえんだような気がした! 私はますます嬉しくなった。だからさらに話を続けてしまう。

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