3. 湖の魔物

1

 月日は過ぎ、季節は変わる。あれ以来、恐ろしいものが出ることはなかった。私とお嬢さまの仲は相変わらずで……ううん、多少の変化はあった。ほんのわずかに、だけど。


 今までは私が話をふっても、お嬢さまは「そう」とか「興味がないわ」くらいで会話があまり続くことがなかった。けれども、お嬢さまが、少しずつ、こちらの言うことに感心を示してくれるようになった。でも一緒に楽しくおしゃべりできる、というほどではない。


 ほどでない、のだけど……結構な進歩じゃない? 私が勇敢さを示すことができたのがよかったのかな。きっとそう。お嬢さまはそれで少し、私を信頼するようになったんだ。

 

 誇らしくて気分がいい。


 距離はわずかに縮まっただけ。そして時間は過ぎていく。美しい初夏が終わって蒸し暑い夏がやってきて、そして今は秋の涼しい風が吹いている。


 その日は明るい青空の広がる日で、私はちょうどお休みだった。天気がいいので、どこかでかけようかなと考えながら、使用人階段を下りていると、ばったりラルフに会ったのだ。


「メアリ、今日お休みだったよね」


 明るい茶色の目で、ラルフは言った。私がそうだと答えると、ラルフは尋ねた。


「何か予定があるの?」

「どこかに行こうかなあと考えてて……。天気がいいでしょ。お屋敷の中でじっとしてるのはもったいない」

「僕たちこれから村の農場までお使いに行くんだよ。今日はそんなに仕事がないから、その後ちょっと寄り道でもするつもり。メアリも一緒に来る?」

「行く!」


 私はたちまち返事をした。僕たちって、ことは、レオもってことでしょ!? じゃあ、行きたい! いや、ラルフだけだったら、行きたくはないというわけでもないんだけど……。


「ちょっと待って、着替えてくる!」


 私はそう言って、急いで階段を駆け上った。


 部屋に入って、お出かけ用の服を取り出す。そんなにめかしこむのは変だよね。レオとラルフは村までお使いで、そこから「ちょっと寄り道」って言ってるんだから。村の中を散歩するくらいだと思う。でも……。レオがいるんだもの! みっともない恰好じゃやだ!


 私は帽子を被った。鏡を見て、位置を直す。ちょうどよい角度に修正。ちょっと離れて小首をかしげて、笑顔をつくってみた。うん、悪くない。たぶん。きっと、たぶん、それなりにかわいいんじゃない?


 階段をとぶように下りていくと、裏口のところでレオとラルフが待っていた。レオが私のほうを見て、ほほえんで、その表情から、ひょっとしたらいつもよりかわいいなとか思ってるんじゃない? と余計な期待をしてしまった。


 私たちはにぎやかに出発した。




――――




 お使い先、スミスさんところの農場で、私たちはお茶をごちそうになった。


 今日は本当にいい天気で、暑くもなく寒くもなくて、スミスさんもいつもよりご機嫌になってるみたい。庭先のテーブルで、私たちはビスケットをつまむ。


 スミスさんは50代の女性だ。家族で農場を営んでいる。飼っている生き物の話や、今年の農作物の出来などを話しているうちに、ふと話題がお屋敷のことになった。


「あの屋敷に人が住んでいるというのはいいことだと思うよ」


 スミスさんはそう言った。スミスさんはこの村に生まれた人だ。もう50年以上、お屋敷の歴史を知っているわけだ。私は気になって尋ねてみた。


「無人だったことがあるんですか?」


 スミスさんは少し驚いた顔をした。


「知らないのかい?」

「私、少し前にここに来たので……」

「そうだったね。あんたたちだって、そんなに長くはないし」


 そう言って、スミスさんはレオとラルフを見た。「あんたたち」とはこの二人のことだ。


 ラルフに教えてもらったことがある。二人がここに来たのは一年ほど前だって。私ほどではないにしろ、新参なのだ。


「執事と家政婦は長く勤めているよ。あの二人は忠義者で」


 今度はブライスさんとカーター夫人のことだ。私はさらに尋ねた。


「お嬢さまが生まれたときからですか?」

「いや違うよ。あのお嬢さまはここで生まれたわけではないから」

「えっ! そうだったんですか」


 いやでも……そうだわ。あのお屋敷の主人はお嬢さまの叔父さまだもの。「お嬢さまのご両親が亡くなられて、叔父さまに引き取られたってことですよね」


「そうだよ。詳しいことはよく知らないけどね。ここに来たときは四つか五つくらいの子どもだったよ」


 なぜか、お嬢さまはずっとあのお屋敷で暮らしているものだと思ってた……。レオとラルフはこのことを知ってるのだろうか。もちろん、知ってるよね。自分が仕えている人たちのことだもの。


 二人を見たけれど、ラルフは何やら考え事をしてるようでどこかよそを見ていたし、レオはビスケットを食べているだけだった。


 二人がこの話にあまり乗り気ではないのが、なんとなくわかる。でも私はこの話題を続けたかった。


「ウィンストンさまはいつからこちらにいらっしゃるんですか?」

「あの人もそんなに昔ではないよ。10年くらい前だったかねえ」

「お嬢さまが引き取られたのと同時期?」

「そう。こちらに住み始めて間もないときにシャーロットさまがやってきたんだよ」

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