4

「あの――」


 言いよどむと、お嬢さまのはっきりとした声がした。


「ねずみが出たんです」お嬢さまはメリルさんに淡々と言う。「私、眠れなくて、メイドを呼んで追っ払ってもらいました」


「そう」


 信じたのか、そうでないのか。ろうそくの明りに照らされたメリルさんの顔は厳しいままだ。


 でもあまり追及する気はないらしい。私たちは、すぐに部屋に戻るよう言われた。




――――




 次の日、私とスーザンは一緒にお屋敷内の廊下を歩いていた。仕事に向かうところで、ばったりスーザンに会ったのだ。私もあまり忙しくないけれど、スーザンもそうであるらしく、一緒に歩きながら、昨日の夜の話になった。


「私ね、敷地内をあれこれ歩き回ってみたの」


 と、スーザン。顔をしかめながら続ける。


「昨日の邪悪なものは……朝には消えていたわね。でも、気になることがあるというか……」

「何?」


 実際に怪奇現象に遭遇したこともあって、私はスーザンの霊感とやらを少し信じるようになっていた。


「開かずの間よ」


 スーザンは私の顔を見た。「あそこに何かがあるような気がするの。今から一緒に行ってみない?」


「いいけど……」


 急ぎの仕事じゃないから、少し寄り道しても大丈夫だろう。私とスーザンは開かずの間へと向かった。


 お屋敷の他の部屋と変わらぬ、普通の扉。私とスーザンはそこに立った。私はなんとなく、ドアノブに手をのばした。ここには鍵がかけられていて、開くことはない――が。私は驚いてしまった。ドアノブを回すとそれは動くし、さらには扉まで動いた。


「鍵がかかってない!」


 思わず声に出して言ってしまった。私は扉を大きく開ける。そこには――扉の向こうには、薄暗い部屋があった。


 薄暗いのはカーテンがひかれているからだ。私は部屋の中をぐるりと見て、そして思った。これは――子ども部屋だわ。


 小さな戸棚に本棚。小さな机。それらの家具に対して、大きなドールハウス。人形たち、そしていろいろなぬいぐるみたち――。私は誰かに呼ばれるように中に入った。スーザンもついてくる。


 部屋にはもう一つ扉があった。隣の部屋に続く扉だ。これも鍵がかかっておらず、そっとのぞいてみるとそちらには寝室があった。おそらく子ども用の寝室。こちらの子ども部屋を使っていた子が眠っていたところ。


 私は隣の部屋の扉を閉め、部屋の真ん中で黙ったまま立っているスーザンのところへ向かった。


「どうして鍵が開いていたんだろう」


 私の問いに、スーザンは首をひねった。


「わからない」

「ここは……子ども部屋よね?」

「そうね」


 でもこのお屋敷にはこの部屋を使う子どもはいない。お嬢さまはまだ14歳だけど、この部屋は、それよりももっと幼い子どものための部屋だ。ああ、お嬢さまが小さいときに使っていたのかな。でもそれならなぜ……鍵をかけて、誰も入れないようにしていたのだろう。


 私はあらためて室内を見た。よく見ると、家具やおもちゃが古いものだということがわかる。でも掃除はされている。カーター夫人が部屋の手入れをしていたのだろうか。


 私はおもちゃの群れに近寄った。巻き毛の女の子の人形、こまっしゃくれた顔の男の子の人形。そしてぬいぐるみたち。耳の垂れた茶色の犬や、黒い毛皮に緑の目の子猫、眠たそうな羊や、とぼけた顔の白いうさぎ。いろんな種類がたくさん。


 どれも古いけれど、大切にされているのがわかる。


「なにか、変な感じがする?」


 私は振り返って、スーザンに尋ねた。


「そうね……」スーザンは戸惑っている。「変な感じ……は、たしかにするわね」


「ここに、悪いものがいるの?」


 昨日言ってた、邪悪なもの、が。でもここは穏やかな子ども部屋で、私にはそれは感じられない。でも――鍵が開いていたってことは、ここからよくないものが外に出てしまったのだろうか。


 それを閉じ込めるために、開かずの間になっていた?


「いえ……」ためらうようにスーザンは言った。「悪いものじゃない……そうじゃなくて……。――悲しいの」


「悲しい」


 私はまた、部屋を見まわした。悲しい。……やっぱり私にはよくわからない。わからないままに、私は口を開いた。


「使う人がいない子ども部屋というのは、たしかに悲しい感じがする」

「そう……それもあるかもしれない」

「これ――お嬢さまが昔使っていた子ども部屋かな」


「だとしたら締め切ってるのはなんでなの? なぜ私たちはここに入るなと言われたの?」私と同じ疑問を、スーザンも口にする。「こんなふうに家具をそのままにしてるのもよくわからない。だから、違うと思う」


「私もそう思う」


 そして私たちは黙った。少しの間沈黙があって、スーザンが言った。


「何かがあるような気はするけれど、結局正体はよくわからないわね。――諦めましょう。早くここを出ましょう。カーター夫人に見つかったら怒られるかもしれない」


 私たちは部屋を後にした。疑問だけが残る。鍵は――カーター夫人がうっかりかけ忘れたのかな。私たちは別れ、私は急いで仕事へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る