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「あの――」
言いよどむと、お嬢さまのはっきりとした声がした。
「ねずみが出たんです」お嬢さまはメリルさんに淡々と言う。「私、眠れなくて、メイドを呼んで追っ払ってもらいました」
「そう」
信じたのか、そうでないのか。ろうそくの明りに照らされたメリルさんの顔は厳しいままだ。
でもあまり追及する気はないらしい。私たちは、すぐに部屋に戻るよう言われた。
――――
次の日、私とスーザンは一緒にお屋敷内の廊下を歩いていた。仕事に向かうところで、ばったりスーザンに会ったのだ。私もあまり忙しくないけれど、スーザンもそうであるらしく、一緒に歩きながら、昨日の夜の話になった。
「私ね、敷地内をあれこれ歩き回ってみたの」
と、スーザン。顔をしかめながら続ける。
「昨日の邪悪なものは……朝には消えていたわね。でも、気になることがあるというか……」
「何?」
実際に怪奇現象に遭遇したこともあって、私はスーザンの霊感とやらを少し信じるようになっていた。
「開かずの間よ」
スーザンは私の顔を見た。「あそこに何かがあるような気がするの。今から一緒に行ってみない?」
「いいけど……」
急ぎの仕事じゃないから、少し寄り道しても大丈夫だろう。私とスーザンは開かずの間へと向かった。
お屋敷の他の部屋と変わらぬ、普通の扉。私とスーザンはそこに立った。私はなんとなく、ドアノブに手をのばした。ここには鍵がかけられていて、開くことはない――が。私は驚いてしまった。ドアノブを回すとそれは動くし、さらには扉まで動いた。
「鍵がかかってない!」
思わず声に出して言ってしまった。私は扉を大きく開ける。そこには――扉の向こうには、薄暗い部屋があった。
薄暗いのはカーテンがひかれているからだ。私は部屋の中をぐるりと見て、そして思った。これは――子ども部屋だわ。
小さな戸棚に本棚。小さな机。それらの家具に対して、大きなドールハウス。人形たち、そしていろいろなぬいぐるみたち――。私は誰かに呼ばれるように中に入った。スーザンもついてくる。
部屋にはもう一つ扉があった。隣の部屋に続く扉だ。これも鍵がかかっておらず、そっとのぞいてみるとそちらには寝室があった。おそらく子ども用の寝室。こちらの子ども部屋を使っていた子が眠っていたところ。
私は隣の部屋の扉を閉め、部屋の真ん中で黙ったまま立っているスーザンのところへ向かった。
「どうして鍵が開いていたんだろう」
私の問いに、スーザンは首をひねった。
「わからない」
「ここは……子ども部屋よね?」
「そうね」
でもこのお屋敷にはこの部屋を使う子どもはいない。お嬢さまはまだ14歳だけど、この部屋は、それよりももっと幼い子どものための部屋だ。ああ、お嬢さまが小さいときに使っていたのかな。でもそれならなぜ……鍵をかけて、誰も入れないようにしていたのだろう。
私はあらためて室内を見た。よく見ると、家具やおもちゃが古いものだということがわかる。でも掃除はされている。カーター夫人が部屋の手入れをしていたのだろうか。
私はおもちゃの群れに近寄った。巻き毛の女の子の人形、こまっしゃくれた顔の男の子の人形。そしてぬいぐるみたち。耳の垂れた茶色の犬や、黒い毛皮に緑の目の子猫、眠たそうな羊や、とぼけた顔の白いうさぎ。いろんな種類がたくさん。
どれも古いけれど、大切にされているのがわかる。
「なにか、変な感じがする?」
私は振り返って、スーザンに尋ねた。
「そうね……」スーザンは戸惑っている。「変な感じ……は、たしかにするわね」
「ここに、悪いものがいるの?」
昨日言ってた、邪悪なもの、が。でもここは穏やかな子ども部屋で、私にはそれは感じられない。でも――鍵が開いていたってことは、ここからよくないものが外に出てしまったのだろうか。
それを閉じ込めるために、開かずの間になっていた?
「いえ……」ためらうようにスーザンは言った。「悪いものじゃない……そうじゃなくて……。――悲しいの」
「悲しい」
私はまた、部屋を見まわした。悲しい。……やっぱり私にはよくわからない。わからないままに、私は口を開いた。
「使う人がいない子ども部屋というのは、たしかに悲しい感じがする」
「そう……それもあるかもしれない」
「これ――お嬢さまが昔使っていた子ども部屋かな」
「だとしたら締め切ってるのはなんでなの? なぜ私たちはここに入るなと言われたの?」私と同じ疑問を、スーザンも口にする。「こんなふうに家具をそのままにしてるのもよくわからない。だから、違うと思う」
「私もそう思う」
そして私たちは黙った。少しの間沈黙があって、スーザンが言った。
「何かがあるような気はするけれど、結局正体はよくわからないわね。――諦めましょう。早くここを出ましょう。カーター夫人に見つかったら怒られるかもしれない」
私たちは部屋を後にした。疑問だけが残る。鍵は――カーター夫人がうっかりかけ忘れたのかな。私たちは別れ、私は急いで仕事へと向かった。
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