6
その間、レオはくすくすと笑っていた。何が面白いのか、私にはよくわからなかった。どういうことなのかきいてみたかったけど、ラルフは不機嫌そうだし、私はやめておいた。
レオは一体、何を言いたかったのだろう。
――――
ある夜のこと。スーザンと寝る前のしたくをしていて、ふいに、レオとラルフの話になった。今日、私は二人と話していて、レオが魚が好きだって知って、そのことをスーザンにも話したのだった。 スーザンは黙って聞いてたけど、ふと、私に言った。
「レオのことを話すときはとても楽しそうね」
私はドキリとした。黙っているとスーザンはいいのいいの、というふうに続けた。
「今までのメイドたちもそうだったから。私、レオには興味はないんだけど、彼女たちのおかげで彼についてはあれこれ知ってる」
「あ、あの……私もそんなにレオに興味があるわけではないですからね」
そんなに。まあ、そんなに。まあ……多少は……興味がないわけではないけど。
そういえば、スーザンはあの二人とあんまり仲良くしない。私は少し用心深く、尋ねた。
「スーザンは……レオのこと、好き?」
「好き? 嫌いじゃないわよ。……あ、そうだ、あなたが心配しているような意味では好きではない」
「心配しているような意味って?」
「つまり私はあなたの恋のライバルとはならない」
「恋のライバル!」
驚いて、思わずスーザンの言葉を繰り返して、そして私は黙った。恋の……つまり私がレオに恋をしていると……。恋……違う。でも……そうじゃないとは……。
「よかったわね」
スーザンが言った。笑いもせず。「私、この小さな部屋であなたとレオをめぐって争いたくないもの」
「あの! だから! 恋じゃなくって!!」
私は一生懸命訂正してしまう。頬が熱い。「恋じゃなくって……」俯いて、小さな声で、抗議するように私はつぶやいた。
「……私ね、あの二人、なんだかこう……よくわからないのよね」
レオの顔を思い浮かべ、恋という文字を思い浮かべ、私が混乱していると、今までよりも真剣な、スーザンの声が聞こえてきた。
私はあらためてスーザンを見た。
「わからない?」
あの二人、ってレオとラルフのことよね。わからないって、何がわからないのだろう。たしかにレオは少し変わっているけれど……。
スーザンは固い表情をしていた。横を向いて、私ではなく、どこか遠くを見ているようだった。何かを熱心に考えているようで、そして少しためらうように口を開いた。
「あの二人――本当に、兄弟なの?」
「兄弟でしょ?」
スーザンの言葉に、私は面食らってしまった。何人きょうだいかは知らないけれど。たしかに、あの二人はあまり似ていない。冴え冴えと美しいレオに、愛らしくやわらかいラルフ。顔も雰囲気も似ていない。でも兄弟だと思う。二人がそう言っているのだから。
「……まあいいわ」
スーザンがそう言った。表情がいつものスーザンに戻っている。「もう寝ましょう」
明りを消して、私たちはそれぞれのベッドに入る。スーザンの言ったことを考えていた。
「あの二人――本当に兄弟なの?」そしてレオが言っていたこと。「みんなそれぞれ違う姿形をしていて、みんなで仲良く暮らしていて、そして――」あの時、レオは何を言おうとしてたのだろう。
そのうち、眠くなってきた。うつらうつらしていると――何やら物音が聞こえたのだ。
遠くのほうから、かすかに物音。低く、床や壁を伝わってくるような物音。たぶん、誰かの……足音?
急に、恐ろしさが私の胸にわきあがってきた。眠気がどこかに行って、よりはっきりと物音を聞こうと耳をすます。音は、とぎれとぎれに続いている。ひょっとして……幽霊の登場!?
私は飛び起きた。隣のベッドに近づいてスーザンに声をかけた。
「スーザン! 幽霊が……幽霊が出たみたいなの!」
「……幽霊?」眠そうなスーザンの声がする。スーザンはくるりと寝返りをうって、私に背を向けた。「あれは……大したことのない幽霊……」それだけ言うと、スーザンはまた眠りに落ちてしまった。
大したことのない幽霊!? たしかに、音しか聞こえてないけど……。スーザンが頼りにならないので、私は自分のベッドに戻り、ふとんにもぐりこんだ。
きっと空耳! 早く眠ってしまおう! 私は強く思った。
そしてまた耳をすました。……変だな。音は何も聞こえない。なーんだ、やっぱり空耳だったんじゃない。
私は明るくそう思った。でもまだ不安がある。ふたたび、あの音が聞こえてこないともかぎらない。これはもう、眠ってしまうにかぎる!
眠るには少し時間がかかった。でも音は聞こえなかったし、次第に心が安心してきて、いつのまにか夢の世界に入っていた。
その夜――。私は奇妙な夢を見た。私はおびえていた。足音が聞こえるのだ。
ここがどこだかはわからない。でも室内だと思う。暗くて、部屋の様子がよくわからない。
私はおびえ、縮こまっていた。足音が近づいてくる。あれは恐ろしいものだ。足音の主は怒っている。私に怒っているのだ。私はますます身を小さくした。やがて扉が開いて、足音の主が入ってきて、私に言うだろう。お前は、間違っているのだと――。
目が覚めたあとも、重たい恐ろしさが残る夢だった。
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