5

 お嬢さまはほとんどお屋敷から出ない。でも家庭教師がいる。そうそう、この人のことも紹介しておかねば。メリルさんという40代の女性で、お嬢さまと同じ灰色の目をした、冷ややかな人。笑ったところを見たことがない。


 メリルさんもこの屋敷で暮らしている。でも家庭教師と使用人は立場が違うし、使用人ホールで一緒になることもない。メリルさんは自分の部屋で食事をとる。たまに私がそれを運ぶこともあるけれど、楽しく会話をすることもない。メリルさんは機械的にそれを受け取って、私も言葉少なに退出するだけだ。


 お嬢さまとメリルさんの授業……見たことないけど、楽しいものだとはとても思えない。お嬢さまためにはもうちょっと明るい人を雇えばいいのになあ……。


 仕事はそんなにきつくはないけれど、お嬢さまとの距離は縮まらない。私が、お嬢さまは本当は健康でいらっしゃるんですよ、って言っても、お嬢さまはせせら笑うだけだ。何か楽しい話をしたいのだけど、お嬢さまはどんな話題にもくいつかない。


 でも……考えてみれば、気の毒なことなのだ。お嬢さまの両親はもう亡くなられている。唯一の身内がウィンストンさまらしい。そのウィンストンさまもご病気で、こちらは本当にご病気で――もしかすると、お嬢さまは一人ぼっちになってしまうかもしれない。


 そのような状況を思うと、お嬢さまがずいぶん後ろ向きになってしまうのも無理ないと思う。


 お嬢さまにもうちょっと、友だちでもあればいいんだけど――。私がそうなれないかな。メイドである私が、お嬢さまとお友だちって、図々しいことではあるけれど。




――――




 幽霊にはまだ会ってないけれど、このお屋敷には一つ、謎めいたことがあった。開かずの部屋だ。


 2階にある二つの部屋、この二つだけは、立ち入ることが許されてないのだ。扉には鍵がかかっている。一体何の部屋なのか、なぜ立ち入り禁止なのか、カーター夫人は教えてくれなかった。スーザンに訊いても知らないという。


「詮索しないことよ」いつもの真面目な顔つきでスーザンは言った。「私たちは言われたことをこなしていけばいいの」


「ひょっとして、幽霊の部屋……とか」


 私が声をひそめて言うと、スーザンは怪訝な顔をした。


「幽霊の部屋?」

「あの部屋に幽霊が住んでる!」


 スーザンの顔が呆れている。私は構わず続けた。


「ね、霊感あるんでしょ? あの開かずの部屋について、何か感じることはない?」


「そうねえ……」眉間にしわを寄せ、スーザンは考えている。その顔が少しくもった。「たしかに……なんていうか、あまり近づきたくない部屋ではあるわね」


「やっぱり、幽霊の部屋なんじゃない!? だから、扉を閉ざして鍵をかけて、幽霊を閉じ込めてるんだ!」

「効果はないわよ。現に幽霊は出てきてるんだもの」

「本来ならば、もっと出てきてしかるべきものを、その数を抑えている……」

「そうかもね」


 スーザンははっきりと呆れていた。私もつまらないことを言ってるなあと思う。でも、幽霊の件は……まだ会ってもないし、幽霊なんていないって私は思ってるけれど、心の片隅には不安な気持ちもあるし……なるべくならば冗談にしておきたいの!


 幽霊とお嬢さま。陰鬱なお屋敷に冷たい家庭教師。あまり楽しみがないような暮らしだけど、でも心弾むこともあるんだ。それは――レオのこと。




――――




 といっても、レオとはそんなに仲良くなってない。メイドと下男では仕事が違ってあまり会うことがない。でも、ときには屋敷内でばったり出くわすこともある。


 レオよりも私が仲良くなったのは、その弟であるラルフのほうだ。レオは背が高くて顔が綺麗で、少し近寄りがたい雰囲気がある。でもラルフは小柄だし、いつもにこにこしてるし、話しかけやすい。


 私たちはちょいちょいおしゃべりする仲になった。


 それにレオが加わることもある。私は緊張し、ドキドキしてしまう。そして3人で一緒に何気ない話をしているうちに気づいたことがある。レオはちょっと――変わってる。


 変わってるというか、つかみどころがないというか。明るく愉快で、冗談も好きだ。でも本心がよくわからない。


 ある時、3人でおしゃべりをしていた。実家の話になって、私は自分の家族のことを話した。そして、何気なく訊いたのだった。


「あなたたちって、きょうだいは他にいないの?」

「――あ、うん、僕と」


 ラルフの言葉をさえぎって、レオが言った。


「きょうだいはたくさんいるよ」レオが笑っている。「本当にたくさん。みんなそれぞれ違う姿形をしていて、みんなで仲良く暮らしていて、そして――」


「僕と兄さんだけだよ」


 今度はラルフがレオの言葉をさえぎった。少し苛立っているようだった。温和なラルフにしては珍しく。「僕と兄さんだけ」念を押すようにラルフはまた言った。

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