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 ああ、いつ、直接話ができるのかな……。仕事中にふと出会ったときとか? 私が重い荷物を運んでいると、ちょうどレオが現れて、手伝うよって言われて、そして私が悪戦苦闘していたものをひょいと持ち上げて、そして私がお礼を言って、それで二人話しながら歩き出すんだ……。家のこととか、自分のこととか、趣味とか好きなこととかそういったことを。レオはうんうん、って優しく話を聞いてくれて……。


 うっとりと考え事をしている間に、食事はたちまち終わってしまった。


 その後、私は執事のブライスさんに連れられて、ウィンストンさまのところに挨拶に行くことになった。




――――




 ウィンストンさまはご病気だという話を聞いていた。あんまりよくない病気なのだと。私はブライスさんの後に続いて、ウィンストンさまの書斎に入る。薄暗い部屋だった。


 本棚がぐるりとあって、たくさんの立派な本がそこに並べられていて、大きな机と暖炉があって、暖炉の前のどっしりとした椅子に、ウィンストンさまが座っていた。


 やせた人だった。こけた頬、高い鼻。顔色があまりよくなく、かわいた艶のない肌をしていた。ご病気だ、という言葉を思い出し、私は少し悲しくなった。ウィンストンさまは目だけを動かして私を見た。


 歓迎されているのかどうか、わからなかった。ただそのくぼんだ目が、義務であるからそうしているというふうに、私を見ていた。


  会見は短く終わった。ウィンストンさまは私に興味がないようだった。まあそうだろう。普通、お屋敷の当主は下っ端メイドとは関わらないもの。私はそっと部屋を出て、そして――申し訳ないけれど、少し、ほっとしてしまった。


 陰気な部屋だった。病気で辛い思いをされている方に、こんなことを思ってはいけないけれど。でも部屋の扉が閉じて、その陰気さが断ち切られたことに、私は罪悪感を覚えながらほっとしてしまった。




――――





 次はお嬢さまだ。私を案内してくれるのはブライスさんではなく、カーター夫人となった。カーター夫人の後を私はついていく。お嬢さまの部屋は2階にある。


「お嬢さまは今朝はご気分がすぐれないとかで、まだベッドにいらっしゃるのです」


 カーター夫人が素っ気なく言った。私は少し心配になった。


「お訪ねして大丈夫なのですか?」

「大丈夫ですよ。お嬢さまは――本当は、どこも悪くないのです。いたって健康でいらっしゃるのに、自分は病弱だと思ってらっしゃる」


 昨夜のスーザンの言葉を思い出す。気難しい方。ご主人さまもお嬢さまも、気難しいとスーザンは言っていた。私、お嬢さまのお相手をすることも仕事の一つなのだけど……仲良くなれるといいなあ。


 お嬢さまの寝室に通される。天蓋付きの大きなベッド。その中に、お嬢さまが、シャーロットさまがいた。


 ベッドが大きすぎるせいか、お嬢さまは小さく、はかなく見えた。ウィンストンさまもそうだったけど、お嬢さまも痩せている。痩せた顔に、大きな灰色の目。やや暗い栗色の髪が、その顔をおおっている。ベッドの上に少し身を起こして、じっとこちらを見つめていた。


 綺麗な顔立ちをしているけれど、やわらかさはなかった。もっとふっくらして、笑顔などを浮かべれば、なかなかの美少女となるだろう。けれども今は、世の中、何も面白くないといった表情で、こちらを見るばかりだった。


「……今度はいつまでいるの?」


 私の紹介がすんで、お嬢さまが真っ先に言ったのがこの言葉だった。小さなかすれた声で、放り出すようにお嬢さまは言った。


 私は面食らってしまった。


 私もカーター夫人も黙っているので、皮肉そうな笑みをわずかに浮かべて、お嬢さまは続けた。


「メイドはすぐ辞めてしまうわ。この家が呪われているから……。あなたもそのうち、故郷に帰りたくなるでしょう」


 スーザンみたいなことを言ってる。私はなるべく毅然として、言い返した。


「このお屋敷が幽霊屋敷だってこと、私はすでに知ってます」


 言ってから、ちょっぴり後悔した。これはあまり口にしないほうがいいことだったかな。でもいいや。私は気にしないことにして続けた。「でも、幽霊なんて怖くありません。そんなもの信じてませんから。だから私はすぐには故郷に戻りません」


「そう」


 お嬢さまは短く言った。皮肉そうな笑みは、まだ頬に残ったままだった。お嬢さまは乱暴に、身を枕に倒した。


「私は疲れているの。今朝は身体の具合がよくないの。そういったはずよ。でも新しいメイドが来るから、こうやってわざわざ会ってあげて……」


 お嬢さまの灰色の瞳が、正面から私を見上げ、なにか挑むようにいっそ楽しそうに、私に言った。


「私はもうすぐ、死ぬのよ」




―――




 ウィンストンさま、お嬢さまと続けて会って、私はなんだか気が滅入ってしまった。幽霊屋敷とか、そういうことの前に……ここで私、上手くやっていけるのかなあ。


 ともかく、私の新しい生活はこうしてスタートしたのだった。


 ウィンストンさまに会うことはないに等しかった。ウィンストンさまの世話は男性使用人がやるので。私はお嬢さまのお世話。

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