3

 怨念。この世に恨みでもあるのかしら。


「近い出来事でいえば、30年前のことね」スーザンはベッドに腰掛けながら言った。私も自分のベッドに座る。「30年前――この屋敷で悲劇があった」


「何があったの?」


 ぞわぞわしてきた。幽霊が――ひょっとするともしかすると、本当に存在して、少しずつ近づいているような感じ。まさか! 幽霊なんて、いないに決まってるじゃない!


 スーザンの目がすわってる。何を考えてるかいまいちよくわからない表情で、ゆっくりと、話し始めた。


「30年前……ここの屋敷に住んでいた男性が湖に身を投げたの。この屋敷の近くに大きな湖があるのよ。あなたはまだ見てないでしょうけど。魔物が住んでいるという噂の湖でね……。で、30年前の嵐の晩に、その男性、この屋敷の当主だった人がそこに身を投じたの」


 スーザンはいったん言葉を切って、そしてまた続けた。


「なぜだかはわからない。でもその男性は不幸続きでね、何年か前に奥さんがこの屋敷から出て行ってしまったの。幼い娘を残して。娘は病弱で、その子も10代前半で死んでしまい……だから人生に絶望したのかもしれない。娘が亡くなったその夜に、男性も死んだのよ」

「……その男性の幽霊がこのお屋敷に現れるの?」

「そうかもね。私もよくわからないけど。でもたぶん、そうじゃないかなって、思う。ほら、私って霊感が強いから」


 ほら、って言われても困るけど。スーザンは謎めいた表情のまま目を伏せた。


「男性の死体は引き上げられたけどね、魂は魔物に食われてしまったんだって言う村人もいるの。そうかもしれない。食われて形をゆがめられた魂が、行き場をなくして現世をさまよっている……」


 さまよわないで! そこは心安らかにあの世に行ってほしい! 私は身を縮めた。幽霊の存在がさらに確かなものになって――こちらに徐々に近づいてきているような気がする。


「今のこのお屋敷のご主人さまと、その男性はどういう関係なの?」


 ここに来る前に聞かされた説明を思い出した。この屋敷に住んでいるのは、40代の男性のウィンストンさま。そしてその姪であるシャーロットさま。シャーロットお嬢さまは14歳で、私はこの方の世話をすることになっている。


 思えば少し、その30年前の状況とやらに似ている。今住んでる二人は親子ではないけど。


「なんの関係もないはずよ。この屋敷が無人になって、売りに出されて、それを買ったのがウィンストンさま。――そうよ」


 ふいに、スーザンの声音が変わった。表情はあまり変わらぬままに。でも、ふっとこちらに、帰ってきたって感じの声になった。スーザンはすっくと立ち上がって言った。


「そうよ、あなたも明日はウィンストンさまに会うのよ。お嬢さまにも。頑張ってね。二人とも――まあ、気難しいといえば気難しい方だから。悪い主人ではないけどね。あなたは、お嬢さまのお相手として雇われたという話になっているんでしょうけど、仕事はお嬢さまの世話だけではないのよ。その他、屋敷の掃除に、料理の手伝いに、つくろいものに、細々としたあれこれをやってもらわなくちゃ。忙しい日々が待ってるわよ」

「う、うん……」

「だから今日はもう寝ましょう」


 スーザンの切り替えは早かった。それにつられて私も手早く寝る支度をする。そそくさとベッドに入って、明りが消される。


 部屋が暗い。初めてのベッドに初めての部屋。そしてここは――幽霊屋敷!? まさかそんな、ね……。私は不安を振り払うように、固く、目をつぶった。




――――




 翌朝。初めての場所で緊張したのか、幽霊の話が頭にあったからなのか、あまりよく眠れなかった。でも、今日から初仕事だ! 頑張らなくちゃ!


 メイドの制服に着替える。午前用の明るい色のワンピースに白いエプロン。白いキャップ。昨日は慌ただしく適当に着替えてしまったけれど、今日はきちんと、髪も整えて――うん。私は鏡の中の私を見た。悪くない。


 寝不足だけど、顔色も悪くない。窓からの光がよい感じに差し込むせいか、いつもより顔がやわらかにかわいらしく見える。私はふと、レオのことを思い出した。レオ――。今日から同じ職場で働くんだ!


 メイドと下男では仕事が違うけれど、でも同じ場所にいるんだから、顔を合わせることはちょくちょくあるよね。あっ、食事はいつも一緒だ! 私はドキドキした。今日は明るい光の中で――朝食に降りれば、そこにレオがいて、顔を合わせることができるんだ。


「用意はできた? まずは朝食前の掃除よ」


スーザンが声をかけた。朝食――の前に、ひと働きしなければいけないっぽい。




――――




 朝食の前のひと働きは、朝食が美味しく食べられるという点ではいいと思う。そして朝食の席には――もちろん、レオがいた!


 明るい朝の光の中で見ても、やっぱりレオはハンサムで、私はほれぼれとしてしまった。でも話をする機会なんてなかった。食事は黙ってするという決まりがあって、私たちは軽く挨拶をかわしただけだった。

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