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「前のメイドの話よ。あなたが来る前の。あの子たちはここに耐えきれず、早々にやめてしまった。この幽霊屋敷に耐えきれず……」

「ここって、幽霊屋敷なの!?」


 声が大きくなってしまう。でもスーザンはやたらと落ち着いていた。


「そうなの。教えてもらえなかったの? まあ教えることはないかもしれない。メイドを募集します、勤務場所は幽霊屋敷――なんて」

「出るの!? 幽霊!」


「ええ、出ますとも」スーザンの顔はやっぱりとても真面目なままだ。「うじゃうじゃ出ます。私も何度か遭遇したわ」


「怖くないの!?」


 相手の落ち着きはらった態度に驚いて、私は大きな声で訊いた。


「私は慣れてるの。私は昔から霊感が強くて、たびたびこの世ならざるものを見てきたから。だからここでも平気で暮らせるし、ひょっとすると、幽霊屋敷のメイドになるために生まれてきたのかもしれない」

「ええ……」


 私は幽霊なんて見たことない! 私は幽霊屋敷のメイドになるために生まれてきた……んじゃないと思う。勤め先、間違えたかなあ……。


「帰りたくなってる」


 スーザンが私を見て言った。私は首を横に振った。


「いいえ、まだ! だってまだ来たばっかりだし……」

「まだここの制服も着てないし」

「そうなの! 片付けて、着替えなきゃ!」


 私は荷物を床に置いた。ずっと持ったままだったのだ。




――――




 使用人ホールというのは、使用人たちの居間兼食堂みたいなものだ。このお屋敷では一階にある。私たちはそこへ降りていって、夕食となった。


 長方形のテーブルがある。一つの端にカーター夫人、もう一つの端に、執事のブライスさん。カーター夫人はぽっちゃりしてるけど、ブライスさんはひどく痩せていて、哀しそうな目をしたおじいさんだ。それから――他に若い男性が二人。


 一人は私と同い年くらいで、もう一人はそれより少し上かな。年上のほうを見て、私はどきりとしてしまった。だって、――だって、とても綺麗な顔だったんだもの!


 我ながら現金なことだと思う。でも、幽霊屋敷だとか、そういう暗い話が一気に吹き飛んでしまった。ハンサムな、背の高い男の人。黒髪に、緑の目。緑の目は大きく、ややつりあがっている。形の整った鼻と唇。目が、私のほうをじっと見ている。どこか冷ややかな感じがする……。怒ってるのかな。私は不安になるけれど、でも一生懸命、元気に自己紹介したら、その表情がふっと緩んだ。目が優しくなる。素敵! 怒ってはないみたい!


 執事のブライスさんが二人の男性を紹介してくれた。二人は兄弟で、この屋敷の下男だそう。ハンサムな緑の目の人の名前はレオ。18才。もう一人はレオの3つ下で、弟のラルフ。茶色いくせっ毛に、茶色い目をした人で、私を見てにっこり微笑んでくれた。いい人そう! お兄さんのレオは綺麗な顔立ちだけど、こちらはかわいらしいタイプだ。


 テーブルにつく。私の隣にスーザン。スーザンの向かいにレオ。レオの隣で、私の向かいにラルフ。食事は黙ってするように言われる。


 静かな中、私はちらりとレオを見た。少し斜めから見ても綺麗な顔立ち。幽霊屋敷の恐怖がどこかへ行ってしまった。我ながら単純で呆れてしまうけれど。


 家に帰るのは、故郷へ戻るのは、やっぱりやめておこう……。




――――




 スーザンはその後も仕事があったようだけど、私の仕事は明日からになっている。部屋で待っていると、スーザンが寝に戻ってきた。就寝の準備をしながら、おしゃべりをする。


「なんだか悪くないところみたい!」


 私はちょっとうきうきしながら言った。明日からの暮らしが楽しみ。


「へえ」スーザンがこちらを見る。「レオが好きになった?」


「……! いきなり、何!?」


 私は声を上げてしまう。スーザンは無表情だ。


「みんなレオを好きになるの。ここに来たメイドは。私は違うけど。レオはハンサムだから」

「私も違いますけど!!」


 きっぱりと否定してしまう。でも顔が熱い。否定になってるのかしら。でも……レオが好き? さっき会ったばかりなのに。


「そう? レオを見てから態度が変わったと思うけど。まあいいわ。あなたがやる気になったなら。でも……」

「でも?」

「でも、歴代のメイドもそうなのよね。レオを見て、みんな、このお屋敷で頑張ろうって思うの。でも幽霊に悩まされて、恐怖でやめてしまうの」


 そうだ! 幽霊! しばらくどっかに行っちゃってたけど。スーザンの一言で戻ってきた。


「幽霊なんて――」なかばびくびくしながら、私は笑顔を作って言った。「私、信じてないの」


「そうなの?」

「幽霊なんて、この世に存在しないわ」


 私ははっきりと言った。そう。幽霊なんて存在しない。会ったことないし。でもレオは存在するんだ。わー……。


「それならそれでいいけど」


 スーザンは争う気はないみたいだった。あっさりと引き下がった。


「……どんな幽霊なの?」


 あっさりと引き下がられると逆に気になる。私はスーザンに尋ねた。


「この屋敷の幽霊?」

「そう」

「……。いろいろね。この屋敷に住んでいた人々の、怨念がこもっているような……」

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