幽霊屋敷と魔の棲む湖

原ねずみ

1. 幽霊屋敷へようこそ

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 長く降り続いた雨がやんで、辺りは奇妙な黄色の光に染まっていた。時刻は夕暮れ。場所は静かな村の道路。私は馬車に揺られながら、不思議な気持ちで周囲の光景を見ていたのだった。


 ようやく姿を現したお日さまが、なんだか自分の光を上手く表せなくなってしまったみたい。でもこの景色は嫌いじゃなくて、これからドキドキすることが待っているような、知らない世界が行くてに広がっているような、期待とちょっぴりの心配でいっぱいになって、私は黙ってあちこちに目を走らせていたのだった。


 そもそも、この村に来るのは初めて。だから私の気持ちは高ぶっていた。これから――新しい職場に行くのだ。


 私の名前はメアリ。15歳。学校を卒業して、これからメイドとして一人立ちをするところ! えへん。どう? 私はここからずっと離れた別の村に住んでて、今日、家族と涙のお別れして、新しく仕立てた立派な(私たちにしてみれば立派な)服を着て、この日のための帽子をかぶって、かばんに当面の必需品をぎゅうぎゅう入れて、そして汽車に揺られてこの村にやってきたのだ。村に着いたら近くの農家の人の荷馬車が待ってて、私を乗せてくれた。そして、私が働くことになるお屋敷へ向かっているところ。


 季節は春。よい季節だ。村は静かで、草地が広がり、生垣がそれを横切り、遠くになだらかな山が見える。緑が美しく、平和で、恐ろしいことなど何も起こりそうにない――でも私はやっぱりちょっぴり不安だった。


 だって、何もかもが初めてなんだもの。メイドとして働くことも、そしてお屋敷というものに足を踏み入れることも。




――――




 馬車が門を通る。門は黒い鉄製でいかめしく見える。あんまり歓迎されてないみたい。私のちょっぴりだった不安が、少し大きくなってしまう。


 すぐにお屋敷が見えてきた。木々の緑の陰に、尖塔が見える。塔があるお屋敷!? あんまり大きな塔じゃないけど。でも真っすぐに天を差して、少し暗くなってきた空に映えて、不気味な感じもする……。ほどなくお屋敷の全貌が明らかになった。古い、お屋敷だ。夕暮れで、太陽の光が徐々に失われているせいか、陰気に見える。不機嫌で憂鬱な大きな生き物が、そこにうずくまっているみたいだ。


 御者は物静かなおじいさんで、私は何の話をしていいかわからず、道中はほどんど会話がなかった。今もそうで、静かなままに馬車はお屋敷をまわり、裏手へ向かった。そこには使用人たちの出入口がある。


 そこからぽっちゃりとした初老の女性が出てきた。この人は知ってる。知ってる人に出会ってほっとした。面接のときに会ったことがある。このお屋敷のハウスキーパー兼料理人のカーター夫人だ。


 私は馬車から降りて、カーター夫人は私を中に入れてくれた。




――――




「まずはあなたの部屋に案内しましょう」


 そう言ってカーターさんは歩き出した。カーターさんの言い方は素っ気なく、大股に歩いていく。私は慌てて後を追った。

狭くて薄暗い、使用人用の階段を上っていく。辿り着いたのは一番上の階。並ぶ扉の一つを、カーターさんは開けた。


「ここがあなたの部屋よ。メイドのスーザンと同室ね」


 部屋の中に一人の女の子が立っている。この子がスーザンなんだ。痩せていて背が高くて面長で、妙に生真面目な表情をしている。面接の時に、名前を聞いていた。私より一つ年上って言ってたはず。どんな子なのか、ちょっと心配していたけど……でも、悪い感じじゃないみたい?


 私はスーザンに笑顔を向けた。でもスーザンはほんのちょっと、表情を崩しただけだった。ほとんど笑わなかった。私はたちまち不安になってしまった。あんまりいい出会いじゃないっぽい?


 屋根裏部屋で、窓が斜めに取り付けられていて、そこから弱い夕暮れの光が差し込んでいた。ベッドが二つ、洗面器や水差しの乗った棚が一つ、小さなたんすが二つ。決して豪華な部屋じゃないけど、きちんと片付けられてて感じがよい。


「あなたの持ってきたものはこちらのたんすに入れなさい。今日はあなたに仕事はないけれど、夕飯は使用人ホールで一緒に食べましょう。その時に他の使用人たちも紹介しますからね。あなたはメイドの制服に着替えておくように。着替えのありかはスーザンが教えますよ」


 それだけ言って、カーターさんは部屋を後にした。私とスーザンだけが残された。


 スーザンが私に近づいてくる。例の、妙に生真面目な表情のままで。そばまで来て立ち止まり、私は何か声をかけるべきだろうかと思った。


 でも最初に口を開いたのは、スーザンのほうだった。


「幽霊屋敷に、ようこそ」




――――




 ……幽霊……屋敷? どういうこと? 私はスーザンを見上げる。私より、スーザンのほうがいくらか背が高い。スーザンは私をじろじろ見回しながら言った。


「前の子は3か月だった。その前は半年。あなたは何年持つかしらね」

「あ、あの!」


 私は思わず声をあげた。


「何それ! 何の話なの!?」

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