四 マサキノカズラ

 この時代には、俗に「マサキノカズラ」と呼ばれる怨霊ウィルスる。ある時期に感情データのデフラグ時に自然発生して流出した怨霊ウィルスで、人間の電脳化された脳幹にのが名前の由来だ。

宿主はマサキノカズラによって感情の出力や物事の考え方に影響を受け、そのうち理性で抑えられなくなるほど強い感情の発露を頻繁に起こすようになる。その感情データを吸って育ったマサキノカズラは、やがて種をつけ、宿主が電脳を通して交流した人間へ植え付けられるのだ。

「テイシ様が生前に宿主だったと言いたいの?」

「そうでなければ、シキブやショウシ様から、テイシ様の個人認識番号けはいを感じるはずがありません。最近は、直接繋がっていないわたしですら分かるようになったのです」

──マサキノカズラの特徴として。

取り憑かれた場合に宿主に出る影響は、種をつけた前宿主の感情データに紐づいている。同時に電脳の個人認識番号もコピーされる上、種をつける直前には現宿主の個人認識番号を前宿主の個人認識番号に上書きする。カズラが、張り巡らせたつるで壁を覆ってしまうかのように。

そして、そのウィルスが、前妃テイシの感情を吸って育ち、ムラサキ・シキブと現妃ショウシに影響を及ぼしているというのなら。

「そんな、じゃあ、ショウシ様のお体があの頃のままなのは」

セイの顔色がみるみるうちに白くなっていく。

望んだと言うのか。美しいあの方が。

恨みで怨霊カズラを育てたというのか。聡明なあの方が。

「シキブが、家庭教師ガヴァネスの職務を果たさずして、

 漢詩のひとつも諳んじられないショウシさまを、異常なほど甘やかしているのは」

願ったと言うのか。

物知らずであれと。こどもであれと。

主上の寵愛を奪われまいと?

「ショウナゴン、座っては?」

「イヤ。立てなくなりそう」

怨霊退治ウィルスバスティングはわたしが引き継いだっていいんですよ、ショウナゴン。

 この怨霊は主上へも取り憑きかねないので、トウノベンが対処するのは当然です」

ユキナリが着ているアラクネ・ファイバー製のほうを皺ができるほど握りしめて、セイがうめく。

昔も今も有能な親友。この男に頼んだのなら、これから宿直とのいに行くついでに、怨霊退治ウィルスバスティングを終わらせるだろう。そして主上へ事の成り行きを奏上するのだ。

彼が見たに。

セイは肩を支えてくれるユキナリの手を振り払った。

「見くびらないで、トウノベン。私、お仕えしている方を、愚女にさせはしないわ」

「そうですか。……変わらないのですね、セイ」

生体ナノマシンによって拡張されたセイの聴覚が、ユキナリの視覚デバイスが立てる小さな音を拾う。表情筋はぴくりとも動いていなかったが──もしかしたらユキナリの義体には表情筋が未搭載なのかもしれない──御簾の向こうから、扇越しに、ARを隔てて、よく向けられた、親愛と尊敬の込められたまなざし。

それに応えるように、セイは胸を張り、顎を引いた。

「そうよ。私はテイシ様の一の女房ガヴァネスで、あなたの親友のままの、

 セイ・ショウナゴンよ」

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