三 トウノベンきたること
夜も更け、ネオ・キャピタルのネオンが一層眩しくなる頃、セイのゲストルームに来訪者があった。先触れもなく夜中に訪う者など、セイの知人であれば思い当たるのはただ一人だ。
「お久しぶり、トウノベン」
「お久しぶりです、ショウナゴン。あの、手を貸して、中に入れていただいても?」
「ねえ、想像して欲しいのだけど。
顔見知りとはいえ、男が、あろうことか壁を登ってきて、地上27階ルーフバルコニーの手すりにぶら下がっていたとして、あなたは手助けをして、お部屋に招き入れるの?」
「登ってきたのではありません、屋上から降りて来たのです」
トウノベンと呼ばれた男は無表情で、片手でぶら下がっているとは思えないほど余裕に見える。セイにはその実、この男が一人で自分の体を持ち上げられずにほとほと困っているのだとわかるので、噴き出さないように肩を震わせてこらえるので精一杯だった。真面目くさった返答を真顔でするのが余計に笑いを誘う。おかしくてたまらず、にやける顔を隠すために、口元を隠す薄布のマスクのようなARを展開すると、少し息を整えてから軽口を叩いた。
「至極どっちでもいい」
「わたしとあなたの仲ではないですか」
「はいはい、遠江の浜柳、遠江の浜柳。……変わらないのね。ユキナリ様」
「そうです。あなたの親友のままの、ユキナリ・トウノベン・フジワラですよ」
しかし、手を貸して引き上げたユキナリの体は、セイの知っている重さではなかった。
「……体は随分変わったみたいね? 新しい義体なの?」
「トウノベンというのは激務でして」
「その重量を引き上げるのをこの細腕に手伝わせるなんて。あなた、本当にノンデリなんだから」
「ショウナゴン、男だてらに生体ナノマシンを組み込んでいらっしゃるでしょ」
「男だてらとか女のくせにみたいな陰口が嫌だから事前回避してくれって言ってるの」
「人にはそうおっしゃるくせに、ご自分は才走って思ったことすーぐ口に出して生意気がられますよね。大賢は愚なるが如しと言いますよ」
言われて、セイはぐっと押し黙った。
電脳化をはじめとする肉体改造が当たり前で、義体の普及により男女の差もないようなこのご時世に、ここネオ・キャピタル、特に執政の中心たる宮中では、未だに女が男を立てる文化がある。女が知識をつけてあれこれと──アーカイブ検索をせずに漢詩を引用して男に言い返したり、アーカイブ検索の速度が男よりも0.1秒でも速かったりすると──賢しらで生意気で慎みがないと陰口を叩かれる。貴い身分であればあるほど、教養は求められるが普段は表には出さず、美しくあることを求められるが体はナノマシンすら組み込まれていない”天然物”ほど尊ばれる。漢字の一すら書けないナチュラルな美女というトレンドから、セイ・ショウナゴンは外れている。セイはそんな自分のことを好きだったが、それはそれ。ユキナリの言い分は
「……それで、何の御用なの?」
「用がなくては、来てはいけませんでしたか?」
「はい」
セイのすんとした真顔に、この冗談は面白くないのだと気付いたらしいユキナリは、居住まいを正してセイに向き合った。
「タカムラ案件だそうですね」
「ええ。表向きはミチナガ様のお召しということになっているけれど」
「受けたのは、テイシ様のためですか?」
「そうね、私はそのつもりだけど」
「この
「……どういうことなの?」
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