第16話 そこに残ったものは

 アルヴィーから見て、ドアを1枚隔てた向こう側。長く続く廊下の先に、ゾックとその部下たちは陣取っていた。多勢に無勢、アルヴィーに勝ち目などあるはずもなく、誰もが、そのまま数の暴力で押しつぶして終わりだと思っていた。アルヴィー1人を除いて…

 アルヴィーが社長室に火を放った瞬間、ゾックたちの間に衝撃が走った。ここまで冷静であったゾックですら、驚きのあまり額に汗がにじんだ。

「焼身自殺でもする気か…?」

誰かがぽつりとつぶやいた。するとすぐさま、部下の中でも特にせっかちな奴が、竜を死なせまいと火の海に向かって駆け出した。

「バカ!」

叫んだ時にはもう遅い。せっかちは炎を突っ切って飛び出した弾丸に、右ひざを撃ち抜かれてその場に倒れこんだ。

「まったく…」

ゾックはあきれ顔で指を鳴らし、ルーグを苦しめた時と同じように穴を作って、せっかちな愚か者を回収した。ほどなくして、炎の中から追加で2、3発の弾丸が飛び出し、ゾックたちを襲った。ゾックは退却を命じ、部下もそれに従って物陰に素早く退避した。

「この馬鹿!あの状況で無理やり突っ込んでどうするってんだ!」

「本当にすいません!ほんとすいません!」

シンナがせっかちに怒号を飛ばす。せっかちは手当てを受けながら、目に涙を浮かべ頭を下げて、謝罪の言葉を連呼していた。

「今はいいよシンナ。怒ったってどうにもならん。」

ゾックは怒り狂うシンナを冷静に諭した。シンナはせっかちをギロリとにらみつけると、スッと立ち上がり、ゾックの方へ体を向けた。

「しかしどうします?一応応援呼びましたけど、このままじゃ、連中は焼け死ぬか煙で死ぬかじゃないですか?」

せっかちが手当てを受けながら口を開く。シンナが”お前は黙ってろ”と言いたげな目つきで再びにらむと、せっかちはおびえて背中を丸め、シンナから顔をそらした。

「いやあどうかな。」

ゾックが口を開く。

「少なくとも竜は死なないでしょ。死ぬとしても彼ら4人のうち、誰か1人だけだ。」

「なぜわかるんです?」

シンナは思わず口を開き、慌てて口を両手で抑えた。ふと後ろを振り返ると、せっかちがにやけた顔でシンナを見ていた。

(ほら、やっぱりあんたも気になってるじゃないか)

そう思っているのはシンナにも手に取るように分かったし、実際せっかちはそう思っていた。2人の間で繰り広げられる奇妙な心理戦を中断したのは、ゾックの声だった。

「あれはいわゆる”しんがり”だよ。僕が思うに、ほかの3人はとっくに脱出して、多分シンナの弾が当たった1人が残ってるんじゃないかな?それで出来るだけ僕らの追跡を遅らせつつ、あわよくば怪我人を増やそうって魂胆でしょ。冷静に考えて相手方の社長、やけくそで焼身自殺選択するような馬鹿でもなさそうだし、飛んできた銃弾の数も、何人もいるとしたら少なすぎる。大体、自殺ならこっちを撃つ意味も特にないし、手に持ってる銃で頭を撃ち抜けば済むことだよ。」

「なんだか根拠に欠けるような気もしますが…」

気まずそうに指摘するシンナに、ゾックは口をへの字に曲げて、表情で抗議した。

「しかしどうします?百歩譲ってこのまま相手が死ぬまで耐えたとて、奴らの追跡に必要な資料やらなんやらが失われてしまう可能性も…」

ほかの部下からの指摘に、ゾックは口をさらにゆがめた。

「そうなんだよね~…はてさてどうしたもんか。」

ゾックがああでもない、こうでもないと頭を悩ませてる。

(この後の追跡も考えると人手は減らしたくない。とはいえ、追跡のための情報は多いに越したことはない。しかしあの炎だ、どれくらい残ってるかは定かじゃないし、そんな状況で怪我人覚悟で突撃ってのも…)

その時、不意にドアの前を、黒い大きな影が横切った。ゾックが廊下をゆっくりと覗き込むと、そこには、スノを痛めつけた、あの大男が立っていた。本来長身に該当するはずのゾックを軽々と凌駕する身長と、それでも細く見えないほどがっしりとした体は、本来味方であるはずのゾックたちも、思わずたじろぐほどの空気をまとっていた。

「…あんただったか。今までどこ行ってたんだ?」

声の震えを抑えながらゾックは声を絞り出した。額を流れる汗は、炎の熱によるものなのか、目の前にいる男への本能的な警告なのか、それはゾック本人にすら分からない。男のほうはといえば、ゾック達にはさほど興味がないようで、ちらりとゾックの顔を見た後、視線を炎に包まれた部屋に移した。

「1階の部屋を調査していた。今の状況は?」

男のドスの効いた声が響く。

「見ての通りだよ。連中の1人を手負いにしたはいいが、道連れ上等で建物に火を放って立てこもり中だ。中から銃で撃たれるせいで、うかつに近寄れない。」

ゾックは後ろを見て、座り込んでいるせっかちを指さした。

「うちの部下も1人撃たれた。あんたもそんなとこに突っ立ってると、あれ以上にひどいことになるかもよ。」

ゾックは男に、部屋に入るよう手招きした。しかし男は一言

「分かった。」

とだけ言い、ゆっくりと、しっかりとした足取りで炎へと向かった。

「ちょっとちょっとちょっと!?」

ルーグが慌てて部屋から飛び出す。瞬間、右ほほを銃弾がかすった。

「いくらあんたがゼログループの人間だからって、勝手な行動されると困るんだよ!いいから早く戻って来いって!」

叫び声が男に届くと同時に、男の頭が銃弾で撃ち抜かれ、力なく膝をついた。

(ほらいわんこっちゃない)

ゾックがあきれ顔で身を隠そうとすると、驚くべきことに、男は何事もなかったかのように立ち上がった。先ほどまで、向こうの炎がよく見えていた頭の穴は、まるで何事もなかったかのように塞がっていた。ゾックは驚きのあまり、その場で硬直した。異常事態に気が付いたシンナが右手を引っ張らなければ、ゾックも同じ道をたどっていたに違いない。尤も、ゾックの場合は、膝をついた時点で、二度と立ち上がることはないだろう。ゾックは、まるでサーカスショーを見た後の子供のように、無邪気で興奮した笑みを浮かべていた。

「大丈夫ですか!?隊長!?」

「シンナ…」

ゾックはゆっくりと、動揺しているシンナのほうを向いた。

「ゼログループは、どうやらとんでもない化け物を飼っているらしいぞ…!」

「はあ!?」

 男は弾丸と炎の海を突っ切っていた。弾が足や頭に当たる度、よろけ、ふらつき、倒れながらも、着実に前に進んでいった。その姿は戦車のような、要塞のような、少なくとも、人のそれではなかった。一方社長室の中では、アルヴィーが右手に拳銃をもち、何かあった時のために設置していた、2台の銃を携えた機械とともに、弾丸で男の足止めを試みていた。右手の銃がカチカチと音を立てて弾切れを告げると、アルヴィーは銃を床に置き、右手を上着の内ポケットに伸ばした。やがて、扉の前に男が立ち、扉を2回蹴った。1度目の蹴りで右側の機械が煙をあげて機能停止し、2度目の蹴りで左側も同じ末路をたどった。そしてとどめとばかりに、男は思いきり扉を蹴った。扉が倒れ、男が部屋に乗り込んできたその瞬間、アルヴィーは上着から巨大な銃を取り出し、男の頭めがけて放った。

(ドォン!)

その威力は、先ほどまでの銃がおもちゃに思えるほど強力で、屋敷全体に爆音が響いたかと思えば、男の頭はきれいさっぱり吹き飛んでいた。アルヴィーは右腕がちぎれそうなほどの反動にうめき声をあげ、男の肉体と同時に、背中側に倒れこんだ。

 立ち上がるのが早かったのは、男の方だった。立ち上がった男の首から上は、脳とそれを取り囲む細い血管が、頭を形どっていた。ほどなくして血管から骨と肉が生え、脳を覆い、目が浮き出し鼻が生え、耳が、唇が、歯が、髪が生え、時間にしておよそ15秒、男の頭はすっかり元通りになっていた。

「化け物が…」

アルヴィーは背中を床に着けたまま、天井を見上げて言った。ただでさえ腹の傷で息も絶え絶えだというのに、炎の熱や煙、強烈な銃の反動。もはやアルヴィーには、起き上がる力すら残されていなかった。

「うちのが…ずいぶん…世話に…なったようだね…」

ぜえぜえとした呼吸をはさみながらの言葉、誰がどう見ても、もう長くはないだろう。男もそれを分かっているのか、部屋を見渡し、燃える棚や書類を眺めていた。

「あいにく…アナログ主義でね…ここのデータは…もう…使い物に…ならないだろう」

アルヴィーはいたずらっぽい笑みを浮かべた。しかし男はいたって冷静だった。視線をアルヴィーに移すと先ほどと同じように、ドスの効いた声で問いかけた。

「なぜこんなことをする?お前に、何の得がある?」

アルヴィーは鼻で笑い、答えた。

「ただ…あの子の力に…なりたかった…だけさ…」

「たかが家族ごっこのためだけに、お前は命を張ると?”アル・ゼロ”よ。」

アルヴィーは、男のその返答に違和感を覚えた。

「まて…お前は…まさか…」

そこまでしゃべったところで、アルヴィーは楽しそうに笑いだした。

「いや、もう、どうでもいい…お前が、誰だろうと…」

アルヴィーは最後の力を振り絞って起き上がり、男をキッとにらみつけた。

「お前たちじゃ、勝てないよ。あの子たちには。」

そういうと、アルヴィーは再び倒れ、二度と起き上がらなかった。男が棚の資料に手をのばそうとすると、遠くからサイレンの音が響いてきた。

「あの音は…」

どうやら、アルヴィーがあらかじめ警察に連絡を入れていたようだ。窓越しに向こうのほうから、けたたましいサイレンを鳴らしながら、黄色い警察車両と、真っ赤な消防車両がこちらに向かっているのが見えた。

「どうやら、してやられたようだ。」

男はくるりと振り返り、社長室を背にして歩き出した。

「家族ごっこ…いや、お前にとっては、あれが本物の家族なんだろう。哀れなことだ、一度離れた道に、再び踏み込んでくるとは。」

男は悲しげな表情を浮かべ、ほんの短い時間だけ立ち止まり、後ろをちらりと振り返った後、再び歩き出した。

「さらばだ。我が娘よ。」

 アルヴィー社の建物は、翌日の昼頃まで燃え続けた。中に残されていたのは、アルヴィー社の社長、アルヴィーの遺体と、大量の弾丸のみ。人が立ち入った形跡はあったものの、出入りのルートは一切不明。アルヴィーに致命傷を与えたであろう後ろから撃たれた傷も、ほかの社員の行方も、ほとんどが謎に包まれたまま、事件は迷宮入りとなった。その真相を知るものは、ほんの一握りである。

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異形 のっさん @NOSSAN214

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