第15話 悪あがき

 「どう、シンナ?当たった?」

壁に寄りかかりながらゾックが銃を持った部下に問いかける。名は”シンナ”というらしい。どこか女性の名前のような響きだが、少し細身ということを除けば、重装備に身を包んだ、勇ましい顔の青年である。

「当たりはしましたが、即死ってわけじゃなさそうです。反撃を受ける前に、穴も閉じたほうがいいでしょう。」

「うーん、まあいいか。多分追跡することになるだろうし、そうなったら死者よりも負傷者のほうが重荷になるからね。」

ゾックは右手の指をパチンと鳴らした。瞬間、穴の中から銀色に光る細長いものが飛び出してきた。閉じる穴によって切断されたそれは宙を舞い、ゾックの足元に刺さった。

「これは、剣か…?」

ゾックが拾い上げたそれは剣の切っ先であった。それを見ていたやや小太りの部下が叫んだ。

「そりゃあの女のもんですよ!ほら、長い廊下で俺らを相手に1人で立ち回った、赤い髪の女。あいつの仕込み杖の先っちょだ!」

「僕の知らないところにそんな奴いたの?」

シンナは黙って頷いた。ゾックは顎に手を当て、首をひねりながらぽつりとつぶやいた。

「どうやら、聞いていたよりも手ごわい連中らしい…」

ゾックは白衣を整えると、ドアを開き、部下を引き連れて社長室へと向かい始めた。

 スノは両膝をつき、興奮した様子で、折れた剣を両手で握りしめていた。体を震わせ、荒い息を吐いていた。

「はぁ…はぁ…ちく…しょう…」

スノはその場に力なく倒れた。あわててルーグが走り寄り、肩を貸した。先の戦いの負傷と興奮で、どうやら気を失っているらしかった。アルヴィーは壁にもたれかかり、わき腹を抑えて、いまにも叫びたくなるような痛みをこらえていた。

(出血が止まらない…これは…)

危機的状況にある肉体とは裏腹に、アルヴィーの精神は非常に落ち着いてた。

「アルヴィー!」

ポポが治療をしようと、アルヴィーに駆け寄る。

「やめろ、ポポ、もう無駄だ。」

それを制止したのは、アルヴィー自身だった。

「おそらく…いや、ほぼ確実に肝臓がやられている。ほどなくして、私は死ぬだろう…」

口から血を吐きながらしゃべるアルヴィーを見て、ポポはうつむき、唇を噛んだ。

「でも、すぐにでも病院に連れて行けば…」

「奴らから身を隠しながら、この傷を完全に癒すのは難しいだろう…」

ルーグからの提案も、アルヴィーは迷いなく拒否した。ルーグとポポは、アルヴィーの考えを悟り、同時に己の無力さを恨んだ。目の前で血を流し、額に脂汗を浮かばせているアルヴィーに、何もできない自分達が憎くて仕方なかった。

「そんな顔をするな…」

アルヴィーは穏やかな声で語り掛けた。まるで母親のような、あたたかな笑みを浮かべて。

「さて、これから3つの命令を…伝える…」

だんだんと息も絶え絶えになりながら、指示を出すときの口調は、以前のように威厳のあるものだった。

「最初の命令だ…ポポ、私の…机を倒して…ドアを、塞いでくれ…」

ポポは言われたとおりに机を運び、足を室内に向けて倒し、ドアが簡単に開かないように塞いだ。

「よし、それでいい…次に、ルーグ…スノを連れて、こっちへ来てくれ…」

ルーグはスノを背負ったまま、アルヴィーの前でしゃがみこんだ。アルヴィーはゆっくりとスノの頬に手をのばし、小声でつぶやいた。

「すまないな…2人とも…」

スノの頬を撫でた後、ルーグの頬にも優しく触れた。その手はすでに冷たく、生気を失いつつあった。

「最後だ…皆、私を置いて、ここから逃げろ…ポポの力があれば、奴らをまくことは…容易いだろう…そこから、”バーミンガム”という町に向かえ…そこに、私の古くからの友人がいる…君たちの助けになるはずだ…」

ポポとルーグは小さくうなずき、アルヴィーに背を向けて抜け穴に向かって歩き始めた。

「皆…健闘を祈る!」

アルヴィーは今自分が出せる全力の声で、抜け穴に消えていく3人を激励した。振り向いたルーグは、目に涙を浮かべていた。

「行くぞ…」

ポポの低い声でルーグは我に返り、ほどなくして3人の姿は抜け穴の奥に消えていった。アルヴィーは安心したように微笑むと、机で隠されていた床のハッチを開き、中からライターと瓶に入った液体、そして大小1つずつの拳銃を取り出した。瓶を地面に投げて割ると、すぐさまライターの火をつけ、床に広がった液体に向かって放り投げた。ライターの火は液体へと広がり、少しずつ勢いを増していった。続いてアルヴィーは携帯を取り出し、どこかへ向かって電話をかけ始めた。

「さて、始めるか…最後の悪あがき…」

アルヴィーはすっかり白くなった顔に、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 ポポとルーグ、そしてルーグに背負われたスノは、アルヴィー社近くのマンホールから顔を出した。スノは呼吸こそしているものの、いまだ意識は戻っていなかった。

(社長…)

ルーグがアルヴィーを頭に浮かべた瞬間、突然背後が昼間のように明るくなった。思わずルーグとポポが振り返ると、先ほどまで自分たちがいた部屋が、巨大な火に包まれていた。

「一体、何が…?」

「始まったか…」

動揺するルーグとは違い、ポポは最初から知っていたかのように冷静だった。すると突然、ルーグの背中が少し揺れ、次の瞬間、ルーグの右肩が真っ赤な血で染められた。

「うおおお!?」

ルーグは動揺しながらも、背中のスノを落とさないように右肩を確認した。背負われていたスノの目が薄く開いているのが、ルーグの視界の端に映った。

「スノ!」

ルーグはゆっくりとスノを地面におろすと、スノは激しくせき込みながら、両手両膝を付き、大量の血を吐き出した。咳も落ち着き、血をあらかた吐き出したのか、スノは立ち上がり、ゆっくりと話し始めた。

「ごめんなさい…こんな迷惑かけて…」

「いやいや迷惑だなんて。スノが頑張ってくれたから、奴らが侵攻してくるのが遅れたんだし。」

申し訳なさそうにするスノに対し、ルーグは慰めるように返した。

「…あれ、社長は…?」

周囲にアルヴィーの姿が見えなかったスノは、あまりに残酷な疑問を他の2人に投げかけた。

「「…」」

黙ったままの2人の姿を見て、スノは青ざめた。

「まさか…まさか…」

スノが後ろを振り向くと、火に包まれた社長室が見えた。スノは口を開いたまま、膝から崩れ落ちた。両目からは、涙があふれていた。声すら出せない大きな悲しみを抱え、スノは両手で顔を覆った。ルーグはスノの背中に手を置き、黙ったままともに涙を流した。ポポは2人の肩に手を置いた。

「行こう、ここに長居はできない…」

ポポが能力を使うと、3人の姿は一瞬にして消えた。直後、曲がり角の先から、1人の武装した男が姿を現した。

「ここから声がしたような…ん?あれは…水たまり?」

男が3人が出てきたマンホールに近づこうとした瞬間、男が首元にかけていたトランシーバーがけたたましくなった。

「緊急だ!ターゲット達が2階の隅の部屋で火を放ち、拳銃で我々の突入をけん制している!ターゲットを焼死させるわけにはいかん!この通信を受けた屋外の見張りは、至急室内2階へ!」

「なんだと!?」

男は慌てて踵を返し、屋敷の中へと応援に向かった。あとには、スノの吐いた血と、地面へと流れ落ちた涙の後だけが残されていた。

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