第14話 背後からの一撃
ルーグは力強く地面を蹴り、ゾックに向かって飛び蹴りを放った。ゾックは笑みを浮かべ、手袋に包まれた右手で指を鳴らした。その瞬間、ルーグの目の前に巨大な”穴”が出現した。穴は激しく火花を散らし、中は暗闇に包まれ、あたりのものをすべて飲み込みそうな威圧感を放っていた。ルーグは穴に飲み込まれる寸前で着地し、ゾックから逃げるように距離をとった。”あの穴は危険なもの”だとルーグの直感が告げていた。ルーグのこめかみに、一筋の汗が流れた。
「案外冷静じゃないか。そのまま突っ込んできて終わりだと思ってたのに。」
ゾックが口を開く。ルーグとは対照的に、ゾックは表情一つ変わらない冷静さを保っていた。
「どういう仕組みだか知らんが、これで俺を捕まえようってんなら、だいぶ無理があると思うぞ。」
ルーグがゾックをにらみながら凄む。これで自分を捕まえるためには、先ほどのように大ぶりな攻撃をさせなければいけないことを、ルーグは理解していた。ルーグの発言を聞き、ゾックはふぅとため息をついた。
「確かに、最初のあれが君に通じなかった以上、ここからは別の手を使うしかないみたいだ。」
ゾックは今度は左手で指を鳴らした。すると、穴から大小合計して10はある銃口が顔を出し、ルーグめがけて発砲した。
「⁉」
ルーグは即座に跳躍することで、飛んできた銃弾の回避には成功したものの、同時に飛び上がったゾックのパンチを避けることはできなかった。ルーグは左頬を強く殴られ、床にたたきつけられた。
頬と背中の痛みに悶えると同時に、ルーグはある1つの違和感を覚えた。ゾックの拳は岩のように固く、また体温も感じなかったのだ。着地をしたゾックが、ゆっくりとこちらに近づいてきているのに気が付き、ルーグは素早く体を起こして構えた。
「頑丈だね、君。」
ゾックはすこしあきれたように言った。
「とはいえ、死なれても困るけどさ…そこまで効いてなさげだと、ちょっと自信なくしちゃうな~」
愚痴っぽく話すゾックに対し、ルーグが口を開いた。
「お前の腕、普通じゃないな…?なに仕込んでやがる…」
ゾックは目を細め、不敵な笑みを浮かべた。
「ご名答!」
声高々に叫ぶと同時に、ゾックは手袋を破り捨てた。ゾックの両腕は、重厚な機械の腕であった。この時代において義手、義足は珍しいものではないにせよ、人口の皮膚等で機械であることを隠そうとするのが一般的である。それをあえてか、機械であることを強調するように、何物にも覆われず、真っ赤に塗装されたそれは、ルーグを威圧するには十分な代物であった。
「…なるほどな。あんな代物を生み出せるのも納得の見た目だ。」
穴の方をちらりと見ながら、ルーグはつぶやいた。ゾックは満足そうに機械の指を動かした。
「いいだろこれ?人工皮膚で覆うと、廃熱やら燃料補給やらが面倒でね。社交的な場所では、代わりに手袋をつけるようにしているんだが、やっぱり覆われてないこいつが、いちばんイキイキしてる…」
ゾックがうっとりとしながら話し続けている隙に、ルーグはこっそり横から通り抜けようとした。
「おっと…」
すかさずゾックは扉の方に回り込み、ルーグを殴りつけた。今回は腕で防御したものの、ルーグは壁にぶつかる寸前まで吹き飛ばされた。
「いけないね。今は仕事中だ。この話の続きは、帰って部下にでもするとしよう。」
ルーグは腕の痛みに耐えながら、ゾックの方をにらみつけた。ゾックは再び指を鳴らし、ルーグの正面に穴を生み出した。穴からは大きな筒のようなものが顔を出し、ルーグに向かって球を発射した。弾は空中で広がり、大きな網となってルーグに襲い掛かった。ルーグはとっさに後ろに跳び、壁を強く蹴り、勢いをつけてゾックに殴り掛かった。ゾックは右腕で防御したものの、あまりの勢いによろめき、しりもちをつきそうになった。ルーグはゾックの目の前に着地すると、すぐさま何発も連撃を叩き込んだ。ルーグには考えがあった。
(こいつは右手で指を鳴らさなきゃ穴を作れない…おまけに一度に作れる穴は1つだけだ。もし複数個作れるんなら、扉の前に作っとけば、俺の逃亡阻止ができるはず…なら、今ある穴はさっき出した奴だけ…今はとにかく距離を詰めて、弱くても殴り続けるのが最善!)
ルーグの考えは的中していたようで、ゾックは激しい連撃に対し、新しく穴を作る暇も与えられず、防戦一方であった。少しづつゾックの表情から余裕が失われ、彼の額に一筋の汗が光ったその時、ゾックがおもむろに両手を上にあげガードを解いた。ルーグがすかさず強く踏み込み、ゾックに渾身の一撃を叩き込もうとした瞬間、ゾックは口元をゆがませ、にたりと笑った。ゾックは即座に指を鳴らし、ルーグの腕の前に、小さな穴を出現させた。
(しまった!)
もうついてしまったこぶしの勢いは収まらず、ルーグの右腕は穴に飲み込まれた。
「危ない危ない…」
ゾックはその場に座り込み、額の汗をぬぐった。穴から何とか腕を引っ張り出そうとするルーグを見て、ゾックはあきれたように口を開いた。
「やめときなよ。どうせ抜けやしないさ。」
ルーグはゾックに向かって聞いた。
「これから、俺をどうするつもりだ?」
「さあね、僕らの雇い主に引き渡してからのことは、雇い主本人に聞いてくれ。」
ゾックは立ち上がり、ルーグに向かってゆっくりと歩き始めた。ルーグの目の前で立ち止まると、右腕を上に持ち上げて言った。
「とりあえず気絶しててもらえると、後が楽なんで。悪く思わないでね。」
ルーグが痛みに耐えようと歯を食いしばり、ゾックが右腕を振り下ろそうとしたその時、何物かがゾックの腕をつかんだ。
「おい。」
部屋に響いたのはポポの声だった。ゾックが後ろを向くよりも先に、ポポは手に持っている武器で思い切りゾックを殴りつけた。ゾックは壁に向かってよろけ、とっさに手をついた衝撃で穴を広げてしまった。すかさずルーグはポポの手をつかみ、2人はその場を後にした。
「僕も、案外タフだな…」
頭をさすりながら、ゾックはつぶやいた。
「あの力…生きてるとは思ってたけど、まさかこんなところで再会するとはね…」
いつの間にかけ破られていたドアを通り、ゾックはふらふらと廊下に出た。
社長室では手当の済んだスノと、アルヴィーが、2人の帰りを待っていた。ポポとルーグの姿が見えると、顔を見合わせ、ほっと息をついた。
「2人とも無事で何よりだ。」
アルヴィーはルーグの頭をやさしくなでた。ルーグは少し照れ臭そうに笑った後、口を開いた。
「それで社長、ここからどうやって逃げるんだ?」
アルヴィーは本棚の本に手をかけると、一冊を抜き取り、奥に手を伸ばした。カチッという音とともに、本棚が横に動き、大きな抜け穴が現れた。
「前の建物の名残を、ちょっとばかり改造してたんだ。この抜け穴を通れば、塀の外に出られる。そこからは、ひとまず私の友人がいる場所まで、何とかして移動しよう。」
アルヴィーは3人が頷いたのを確認し、まずは重傷を負ったスノから逃がすことに決めた。全員が無事にこの場所を逃げられると、アルヴィーが確信したとき、銃声が響いた。アルヴィーは右の脇腹に鋭い痛みを感じ、そっと手を当てると、一瞬で右の手のひらが鮮血に染まった。アルヴィーが後ろを見ると、そこには
ゾックの作った穴から、1つの銃口が、顔を出していた。
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