第13話 襲撃

 ルーグは自身の耳を疑った。アルヴィーの口から聞こえた情報は、彼にとってあまりにも衝撃的なものであった。動揺するルーグをよそに、アルヴィーは机の引き出しを開け、中から親指ほどの大きさの機械を取り出した。

「最初は、君の両親を殺した異形が、ゼログループ内に身分を隠して潜伏しているものだと思っていた。だがオウル・モノが異形だったことが分かった今、我々は近い将来、ゼログループとぶつかる可能性が高い。これは連中と戦うときに役立つかもしれない。」

黒く光り輝くそれは、サイズには見合わない妙な重厚感を持っていた。

「それは…」

「これには私が10年以上かけて集めた、ゼログループに関するデータが入っている。」

コーヒーを口に含みながら、アルヴィーは話を続ける。

「より長い時間、より正確にデータを残すためには、本当は紙の方が望ましいんだが、何せ量が量だ。ゼログループ内の人事から、所属企業の変化、ジャック・ゼロに関することまで、とにかく私が調べ上げたすべてが入っている。これを紙に残すのはさすがに無理があるから、その機械に保存してある。これをもって、私の旧友に会いに行く。そのデータを彼に渡すことができれば、ゼログループを相手する上での有効な切り札になる。」

アルヴィーはコーヒーのカップを置き、ルーグの顔を見て言った。

「これは君が持っていてくれ。」

ルーグは驚きのあまり目を見開いた

「俺が…?」

「そうだ、これは君が持っておくべきものだ。」

アルヴィーは機械をルーグの手の中にしっかりと握りこませた。

「パーティー会場でオウルに疑われた話をしただろう。旧友に会いに行くのは、そう遠い未来じゃない。その時、私が同行できるかもわからない。それに…これを持つ資格は、私にはない。」

ルーグはアルヴィーの確固たる意志に触れ、それ以上の言葉を飲み込んだ。

「分かりました。これを絶対に送り届けます。」

その言葉を聞いて安心したのか、アルヴィーの顔がほころんだ。

「その答えが聞けて良かった。今日はもう遅い、明日に備えてもう寝なさい。」

ルーグが頷き、部屋を出ようとすると、こちらに向かって走っている2つの足音が聞こえてきた。

「なんだか騒がしいな。」

アルヴィーが席から立つと同時に、勢いよくドアが開き、ポポが姿を現した。走ってきたからだろう、汗に濡れたその顔は、焦りの表情に満ちていた。部屋に入るなりポポは叫んだ。

「襲撃だ社長!武装した連中が敷地内に入り込んでやがる!」

 「ポポ、それは本当か?」

焦る気持ちを抑え、アルヴィーは精一杯平静を保っていた。

「ああ、間違いない。スノがふと窓の外を見た時に、気の裏に隠れている奴らに気が付いたんだ。連中も見つかったと分かったのか、建物の方に移動を始めやがった。俺が止める暇もなくスノが突っ込んでいっちまったから、とりあえず報告に来たところだ。」

「数はどのくらいだ?」

「30前後ってところだ。めちゃくちゃ多いわけじゃないが、あの動き方、寄せ集めの素人とかじゃない。」

「そんな人数で、どうやって警備システムを突破したんだ…」

アルヴィーは少し頭を抱え、顔を上げた。

「よし。2人とも、我々は今からここを発つ。最低限必要なものを持って再びこの部屋に集合だ。その間、私は旧友に連絡をつなげておく。ポポ、スノにもこれを伝えてくれ。」

「分かった。」

そういうとポポは自分の能力を使い、部屋から一瞬で姿を消した。ルーグも後に続いて部屋を出た。あとに残されたアルヴィーは、携帯に番号を打ち込みながらぽつりとつぶやいた。

「やはり奴の狙いは…」

 スノは自身の仕込み杖を使い、建物に侵入してきた武装集団を相手取っていた。正面で銃を構えた敵の頭にさやを叩き付けて気絶させ、背後に回った大男の腱に一撃浴びせ、ナイフを抜いた男のナイフを叩き落し、切っ先を鼻に突き付けた。瞬く間に3人を行動不能にした剣術に、距離を詰めるのは危険と判断したのか、残りの集団は隊列を組み、スノに向かって20近い銃口を向けた。スノはすぐさま先ほどの男たちのうち1人を人質に取り、すぐ隣の個室に身を隠した。隠れた後、人質の頭を杖で殴って気絶させ、状況を頭の中で整理し始めた。

「相手は20人と少し、外で包囲してる連中も含めれば敵の数は合計で30前後…仕込み杖じゃその場しのぎが精一杯…何とか武器を取れれば…」

スノがぶつぶつとつぶやいていると、突然部屋の扉が破られた。外には真っ白な髪とクマのように恵まれた体格を持つ男が1人で立っていた。ほかの連中とは違い、武器を持たず、ろくな装備を付けているようにも見えないが、強烈な威圧感を放っていた。スノは男の纏う空気に気圧されそうになりながら、足元で倒れている人質の首元に刃を突きつけた。

「それ以上進めば、この男を殺す!今すぐ部屋から出ていきなさい!」

男はきょろきょろと室内を見渡した後、大きなため息をついた。

「この部屋はハズレか…」

男はスノに目を向け、ゆっくりと進み始めた。スノは動揺しながらもより一層声を張り上げて言った。

「近づかないで!これが最後の警告よ!」

男は以前として歩みを止めなかった。スノは杖を構え、男の右脚に向かって素早く切りかかった。刃は深く食い込み、傷口からは大量の血が噴き出した。しかし男は叫び声ひとつあげずに、自身の足に食い込んだ刃を素手で鷲掴みにし、スノごと持ち上げた。宙づりにされた恐怖と混乱で硬直するスノに対し、男は太く低い声で問いかけた。

「竜はどこにいる?」

スノは声を聴いて少しだけ落ち着きを取り戻し、両足で男の胴を思いきり蹴った。しかし宙づり状態の蹴りには大した威力はなく、男の神経を逆なでするだけであった。男は片手でスノを思い切り投げ、壁にたたきつけた。スノは壁に背を打ち付ける直前に何とか体をひねり、衝撃を和らげたものの、杖を落としてしまい、背中からは鈍い音が響いた。それでも何とか立ち上がると、目の前には男が立っていた。刃を握りこんでいたはずの掌や、切りつけたはずの足からの出血はもう止まっていた。男はスノの顎をつかみ淡々と話し始めた。

「その目…異形の影響を受けているのか。興味深い。竜はいなかったが、収穫としては悪くない…」

男がスノの片目に手を伸ばした瞬間、背中にスノの剣を背負ったポポが、男の頭を全力で殴りつけた。男の首は痛々しい音をあげて滅茶苦茶な方向に曲がり、体は膝から崩れ落ちた。

「逃げるぞ!」

ポポはスノの手をつかみ、その部屋から一瞬で姿を消した。男の目は、ポポが部屋から消えるその瞬間まで、スノのことを凝視していた。

 スノとポポは何とか社長室まで逃げおおせた。アルヴィーはぼろぼろのスノの姿を見て少し取り乱した。

「いったい何が…」

「妙な奴と戦ってやがった。髪の真っ白な体格のいい男だ。」

ポポの説明を聞いたアルヴィーの顔が、今までに見たことがないほど険しくなったのを、ポポは見逃さなかった。

「どうした、何か気になることでもあったか?」

「…いや、何でもない。それよりルーグのことを見てきてくれないか?まだ戻らないんだ。」

ポポは1度頷いた後、部屋を後にした。ルーグとポポのいない間、スノの手当てをするアルヴィーの顔には、いつものような穏やかな笑みはなかった。

 ルーグはというと、こちらも奇妙な男と接敵していた。真っ赤な短い髪を持ち、白衣を身にまとい、長手袋をしていた。

「誰だお前?少なくとも味方じゃなさそうだな。」

男はまるで親友に話しかけるように口を開いた。

「僕はゾック・カークスっていうんだ。好きなように呼んでよ。今君らを襲撃している連中のまとめ役さ。僕らの目的は”竜の生き残りを捕獲、または死体を回収すること”。」

「俺が聞くより先に、全部ペラペラしゃべってくれるのはありがたいんだが、それはそうとそこをどいてくれ。俺は行きたい場所がある。」

ゾックは首をかしげて問いかけた。

「何故?僕が君をこの先に行かせる理由はないだろう?」

「まあそうだろうな。」

ルーグは袖をまくり、体の隅々を竜に変身させた。

「もう一度言う、そこをどけ。どかないなら、お前の無事は保証できない。」

ゾックはしばらく黙った後、急に大声で笑い始めた。

「何がおかしい!」

ルーグが力強く叫ぶと、涙を目に浮かべながらゾックは話し始めた。

「いやなに、いかにも負けたことのないガキって感じの発言でね…失敬失敬。しかしその姿、逃がす理由はないが、逃がさない理由は十分だね。」

ゾックはひとしきり笑った後、ルーグに向かって右腕を突き出した。

「怪我の1つでもさせてみな。”竜の生き残り”君。」

「…上等だ。」

ルーグも構えを取り、緊迫した空気が流れ始めた。どこかのドアが蹴破られる音を合図に、2人は同時に攻撃を開始した。

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