第12話 本名
ポポとルーグは資料室を去った後、ぼろぼろになってしまった警備服を脱ぎ捨て、パーティー用の衣装に着替えなおし、アルヴィー達と合流した。アルヴィーは2人が無事に戻ってきたことを静かに喜び、スノも緊張が少し解けたようだった。
「2人とも無事で何よりだ。ご苦労様。成果報告は社に戻ってから行うとして、今は怪しまれないようにパーティーを楽しもう。」
アルヴィーの労いの言葉の後、アルヴィーは談笑、スノは引き続きアルヴィーの付き人、ポポとルーグは食事、といった形に分かれた。
「そういえばルーグ、怪我とか大丈夫か?」
ポポは料理を食べながら、小声でルーグに問いかけた。ルーグは頭を掻きながら答えた。
「怪我は大丈夫なんだけど、資料室の記憶があいまいなんだ。あいつに首をつかまれたところまでは覚えてるんだけど、それ以降がどうにも思い出せなくて…ポポさんこそ平気なのか?」
「俺は大して攻撃されてないからな。それに俺みたいな異形は、再生能力が高いから、ここの料理食ってりゃ勝手に治るさ。証拠にほれ、見てみな。」
ポポは喋りながら右手をルーグに見せた。ポポの手の甲には大きな擦り傷があったものの、急速に薄皮がはり、血が止まり、どんどん小さくなっていた。
「あの話本当だったのか…」
「もうちょっと俺を信用してもいいんじゃないか…?」
ポポが険しい顔をする。ルーグはポポの顔を見て、慌てて謝罪した。
「ごめんって。まだポポさんの力のこととかよく知らなかったから、どうしても信じられなくて。それにしてもすごい光景だな。これってポポさんが意識してやってるのか?」
「いや、無意識だ。熱いもの触ったときとか、勝手に手引っ込めるだろ?あれと同じ感じだ。努力すれば、自分の肉体の形も自由自在に変えられたりするかもな。」
突如ルーグの目つきが鋭くなり、小声でポポに尋ねた。
「…ポポさんでこれなら、あいつも生きてるってことか…?」
「…俺の勘だが、あいつ相当長く生きてる異形だ。あの程度で死んだとは思えん。多分今も生きてるだろう。」
「…もし今後戦うことになったら、俺たち、勝てるかな…
「今回は相手も油断してたし、逃げることだけに集中すればよかったから何とかなったが、正面からぶつかるってなると、たぶん相当苦労することになるだろうな…」
2人が黙って考え込んでいると、不意に2人の背中を、誰かが強く叩いた。驚いて2人が振り返ると、そこにはスノがいた。
「スノじゃねーか。どうした?」
ポポの問いに、あきれたようにスノが答える。
「どうしたはこっちのセリフよ。そんな考え込んでたら怪しまれるわよ。もっと楽しまないと。ほら。」
そういうなりスノは2人の口に骨付き肉を突っ込んだ。やたら辛い味付けの肉に、2人は思わず顔をしかめた。
「それ、あっちのほうでとってきたおつまみなの。近くにお酒も…」
「どこでとってきた?」
”酒”という単語を聞くなり、食い気味にポポがたずねた。スノが会場の奥のほうを指さすと、ポポはほかの料理には目もくれず、足早に会場の奥に消えていった。
「…お酒好きなんだな、ポポさん…」
「最初の方は、どうしても寝れない日に飲んでたらしいんだけどね。種類の多さとか奥深さに魅了されて、いつの間にか大好きになってたらしいわ。酔いつぶれるほど飲んだりはしないから、放っておいても大丈夫よ。」
「へ~…というかまだ舌がヒリヒリする…」
「はい、水。」
スノはグラスに入った水を、ルーグの前に差し出した。ルーグは一瞬でそれを飲み干し、舌の痛みを何とか落ち着かせた。
「いきなり口に突っ込んでごめんね。」
「気にしないでくれ。おかげで緊張も解けた。社長はどこに?」
「お酒のとこ。あの人はお酒そこまで飲まないけど、『ほかの参加者が酔っ払って口が軽くなってたら、何かつかめるかもしれない。』って言ってた。」
スノがルーグの手を取った。
「ほら、私たちも行きましょ。お酒がある方には、辛い物もいっぱいあるから、2人で全種類食べましょ!」
「全種類!?」
「ほら行くわよ!」
スノがあまりにも目を輝かせて言うので、ルーグは断り切れず、結局辛い物巡りに付き合わされることになった。ルーグは舌がマヒしそうになりながらも、何とかパーティー終了まで耐えきった。しかしルーグは楽しかった。これまで生きてきた中で、一番楽しい時間とさえ感じていた。だからこそ不安だった。自分のためにここまでしてくれるアルヴィー社の皆と、いつか離れ離れになる気がしていた。ルーグの脳裏には、パーティー中ずっと、オウルの狂気的な笑みがチラついていた。
辛い物巡りを終え、パーティーも終了し、4人は帰路についた。会社に戻ってくるなり、アルヴィーは皆を社長室に集めた。
「みんなお疲れ様。じゃあお互いに成果を報告しようか。」
ポポとルーグは資料室で見た資料の内容と、資料室でのオウルとの戦闘についての話をした。アルヴィーは表情一つ変えず、黙って2人の報告を聞き、自分の得た情報を他の3人に共有した。
「ありがとう。資料室で起きたことを考えると、近いうちに、ゼログループ側から何か接触があるかもしれない。いつ、何が起きてもいいように、それぞれで準備をしておいてくれ。以上だ。ルーグは部屋に残ってくれ。」
スノとポポが社長室を出ていき、部屋にはルーグとアルヴィーだけが残された。
「何か飲むかい?」
アルヴィーが、コーヒーを淹れながらルーグに問う。
「いや、大丈夫です。」
ルーグはなぜ自分が残されていたのか、見当もつかなかった。オウルに侵入がばれてしまったことを叱責されるのか、はたまた別の理由か、などと考えを巡らせていると、アルヴィーが口を開いた。
「パーティーは楽しかったかい?」
ルーグの予想とは裏腹に、優しく落ち着いた声だった。
「はい、とても。同年代の友達と遊んだことなんて、なかったもんで…」
「それはよかった。」
怒っているわけではないと察したルーグは、意を決して、アルヴィーにとある質問をした。
「…なぜ、俺を部屋に残したんですか。…?」
アルヴィーは眉一つ動かさず答えた。
「君に伝えておきたいことがあってね。君、幼いころに私と話したことは覚えているかな?いや、話したというよりかは、私からの一方的な一言だったが。」
「いや、申し訳ないですが、全然。」
「まあ、君も小さかったし、無理はない。何より、タイミングが悪かったからね。君の両親が殺された日の翌週、私は君に会いに行ったんだよ。当時会社を立ち上げるのにお世話になってた、リサさんとオリバーさんに呼ばれてね。そこで、とある約束を君にしたんだ。」
「どんな約束ですか?」
「『いつかきっと、君の両親の敵討ちの手助けをする。』という約束だ。結局、15年もかかってしまったがね…」
ルーグは必死に幼少期の記憶を掘り起こしていた。涙でぬれた視界の中に、青い髪の女性がぼんやりと映りこんでいた。
「…あの時の…!」
「思い出したかい?」
幼少期のことを思い出したルーグは、1つの疑問を抱いた。
「なんでそんなころから、俺のことを気にかけてくれていたんですか?」
アルヴィーはコーヒーの入ったカップを置き、ソファに静かに座った。
「それは、私の生い立ちに関係があってね。君を残したのも、私の生い立ちの話をするためなんだ。これからの役に立つだろうと思ってね。」
「役に立つって、いったいどういう…?」
アルヴィーはコーヒーを口に含み、一呼吸おいてから口を開いた。
「…私が今名乗っている”アルヴィー”という名は、偽名なんだ。私の本当の名は、”アル・ゼロ”という。」
ルーグは自分の耳を疑った。偽名であったことよりも、そのあとに発せられた一言が、ルーグを強く動揺させた。
「”ゼロ”…?!じゃあまさか、社長と縁を切った父親って…」
「そう、私の父は”ジャック・ゼロ”。ゼログループの現代表だ。」
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