第11話 同族

 現在、資料室は緊張した空気に包まれていた。ポポとルーグは臨戦態勢を保ち、オウルをにらみつけていた。

(…なんでこいつがここに単身で来たのかとか、鍵が開く音がしなかったのに、どうやって扉を開けたのかとか、疑問はたくさんある。だがいま考えるべきことは…)

ポポは長年の経験から、相手が只者ではないことを理解し、倒すこと、疑問を解消することよりも、逃げることを優先的に考えていた。

「…なんだ、本当にいたんだ。」

敵意むき出しの2人とは対照的に、オウルは、まるで友人と世間話でもするかのような態度だった。

「完全に嘘だと思ってたよ。本当だったなら、だれか一緒に連れてくるべきだったかな。」

オウルは足をぶらつかせたり、杖の持ち手をいじったりしながら、ぶつぶつと話し始めた。オウルにとっても、予想外な状況であったことは間違いないが、2人とは違う余裕のある態度が、オウルが只者ではないことをより一層強く証明していた。

「…まあいっか!」

オウルが顔をあげ、2人を視界にとらえる。

「どっちにしろ殺すし!」

オウルの顔が、先ほどの穏やかな笑みから、ひどく歪んだ狂気的な笑顔に変わった。その瞬間、ポポは自身の能力で一気に間合いを詰め、渾身の一撃をオウルの頭部に叩き込んだ。オウルの首は痛々しい音をあげ、体は力なくその場に膝をついた。

(折れた…!)

先ほどの警備員を気絶させたときの一撃とは違う、殺意のこもった強烈な一撃であったことは、見ていただけのルーグにも理解できた。

「こい!逃げるぞ!」

ポポはルーグに呼びかけ、ドアノブに手をかけようとした。

 ポポが異変に気が付いたのは、その直後だった。

「ドアが…」

ドアがあったはずの場所は、周りと変わらないただの壁になっていた。

「ドアなら埋めたよ。」

ポポが振り返ると、先ほど首の骨を折ったはずのオウルが立っていた。服は少し汚れていたものの、顔にも首にも傷跡ひとつなく、何事もなかったかのように元通りになっていた。

「しかし初対面で首折るかね普通。もうちょっと躊躇とかさ…」

オウルがしゃべり終わるのを待たず、ポポは2撃目を叩き込んだ。オウルは杖でガードしたものの、杖が粉々に砕けてしまった。

「あ~あ。お気に入りなのに。」

オウルは杖の残骸を拾い集めると、手のひらをかざした。その瞬間、残骸たちがまるで粘土のようにグネグネと変形し始め、あっという間に元の杖の形になった。

「…やっぱりお前、同類か…」

ポポが口を開く。

「ああ、君も異形なの?わざわざこんなリスク犯して、何が目的?」

「それは言えねえな。」

「そりゃそうか。まあ君と同じで、こっちにも知られたくないことってあるからさ、君には死んでもらうね。」

ポポがふぅとため息をついた。

「死ぬのは俺だけでいいのか?」

「!」

ルーグの飛び蹴りが、油断しきっていたオウルの腹部に叩き込まれた。相当強い勢いだったようで、オウルは口から血を吐き、資料棚にぶつかるまで吹き飛ばされた。

「…そういえば、君もいたなぁ。予想してないお客ってのは、ほんと面倒だね…」

オウルは血を吐きながら立ち上がり、壁に手のひらを付けた。

 手のひらを付けたとたん、壁が突然ヘビのように、グネグネと変形し始めた。壁はルーグとポポと執拗に追い回し始めた。

「なんだこれ!?これも異形の力なのか!?」

「ああ、間違いなくな!だがここまで大規模な力は、俺も見たことがねえ!とにかく逃げろ!」

2人が逃げるのに必死になっているとき、ポポはあることに気が付いた。

「おい、あいつどこに行った!?」

オウルが元居たはずの場所には、もう誰もいなかった。

「気を付けろ、どこかに隠れているはずだ!」

ポポがルーグのほうを見ると、ルーグは動く壁に捕らえられていた。壁はルーグを締め上げ、ルーグを苦しめていた。しばらくすると、壁の中からオウルが現れた。

「集中して狙わせてもらったよ。卑怯とは言うまいね?向こうの彼狙うと、時間かかりそうだったからさ。」

「あ…かっ…!」

ルーグは声を出そうとしたが、壁に締め付けられているせいで、うめき声しか出せなかった。オウルは話しながらも壁を動かし、ポポを遮断した。

「ここまでバレずに侵入して、僕に一撃与えた。その度胸と技術に敬意を表して、僕の力を直接使って殺してあげるよ。」

オウルはにたりと笑い、手をルーグの首に伸ばした。

「肉体を直接変形させる気か…!まずい…!」

ポポは壁を破壊しようと奮闘していたが、隙間ひとつない分厚い壁は、ポポの全力でもビクともしなかった。そうこうしている間に、オウルはルーグの首をガッチリとつかんだ。

 バチっという音とともに、ルーグの首から火花が散った。オウルの手のひらの皮が、やけどしたかのようにズタズタに荒れ、オウルの表情は、驚きと動揺に満ちていた。

「これは…君は…まさか…!」

ルーグの全身は竜の鱗に覆われ、服がはちきれんばかりに肉体が膨らみ、言葉は一言も発さず、表情は怒りに支配されていた。その姿は、神話に登場する竜と、人間をまぜたようだった。

「やっぱり君は…竜の…!」

ルーグは自分を捕らえている壁を破壊し、オウルを蹴り飛ばした。オウルは先ほどとは比べ物にならない勢いで吹き飛び、自身の作った壁と、廊下と資料室を隔てる壁にぶつかり、それらすべてを破壊した。

「なんだ、ありゃ…」

壁の向こうから現れた、明らかに人ではない姿になったルーグを見て、ポポはつぶやいた。吹き飛ばされてもなお、オウルは血を吐きながら立ち上がり、2人が廊下へ逃げるのを拒んだ。

「…1人で来てよかったよ。思わぬ収穫だ。”彼”に伝えなければ…」

よろよろと立つオウルを、ルーグは強くにらみつけた。突然、ルーグは強い吐き気に襲われ、ルーグの口の中が光った。その直後、ルーグの口から炎の塊のようなものがが、オウルに向かって放たれた。炎の塊はオウルの足元に着弾し、強い光とともに爆発し、瓦礫を巻き上げた。爆発の後には、オウルの姿はなかった。

「おい!大丈夫か!?」

ポポが声をかけたとき、ルーグはどこか遠くを見つめ、ボーっとしていた。

「おいルーグ!」

ポポが強めに頭をひっぱたいたことで、ルーグは正気を取り戻した。

「あいつは!?どこに!?」

「分からん、だが今はひとまず逃げるぞ!」

ポポはルーグの手をつかみ、能力を使って資料室から移動した。

 2人が去ってしばらくした後、オウルは瓦礫の中からゆっくり立ち上がった。体こそ怪我ひとつなく元通りだったが、服はぼろぼろになり、闘いの激しさを物語っていた。

「まったく、どうしたものか…帽子のせいで顔はよく見えなかったし、パーティー会場から見つけるのは厳しいだろうな…とりあえず直すかね…」

オウルは、ルーグたちを追い詰めた時と同じように、壁や床をグネグネと曲げ、資料室をもとの形に戻した。

「よし、完璧!」

「オウル様。」

「おおっ!?」

後ろから突然声をかけられた驚きで、オウルは帽子を落としてしまった。声の主はレイン・バトラーだった。

「ってなんだ、レインさんじゃん。どうしたの?」

「それはこちらのセリフです。大きな音がしたから来てみたら、その服、いったい何があったんです?」

オウルは服の汚れを払い、拾った帽子をかぶりなおして答えた。

「まあ、それは秘密ってことで。それより、いくつか頼みたいことがあるんだ。まずここら辺の監視カメラの映像、不自然にならない程度に消去しておいてくれ。あと応接間が”ゴミ”で汚れてしまっているから、早めに掃除を頼むよ。最後に、”代表”に連絡をつないでくれ。」

「…かしこまりました。」

レインはメモを取り終わると、携帯をポケットから取り出し、番号を入力した後、オウルに手渡した。

「…私だ…」

野太く低い男の声が、電話の向こうから響いてきた。

「やあ、久しいねジャック。」

「お前か…何の用だ。」

「実は、先日伝えたアルヴィー社の件で、伝えておきたいことがあってね。」

「…侵入者のことなら、お前に処理を一任したはずだ。始末したのか…?」

「いやあうっかり逃がしてしまってね。でもとんでもない情報を手に入れたよ。」

「…下らんことなら切るぞ。」

「実は…」

オウルは誰にも聞かれぬよう、口の周りを手で覆い、小声で言った。

「竜が生きていたんだ。」

「…分かった。」

その後、”ジャック”と呼ばれた電話の先の男は、オウルと少しばかり会話をし、電話を切った。

「ああごめんレインさん。あと1つ頼みごとをしていいかい?」

オウルはその場を立ち去ろうとするレインを呼び止めた。

「…なんでしょう?」

オウルは借りた携帯を手渡しで返却し、頼みごとを伝えた。

「カークス氏に連絡してくれ。仕事だ。」

「…!分かりました。」

「僕はちょっと着替えてくるよ。この服じゃパーティーには出られない。」

「待ってください。」

立ち去ろうとしたオウルを、レインが呼び止めた。

「なんだい?」

「…先ほど、代表と何をお話しされていたのですか…?」

オウルは、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべ、答えた。

「長生きしたければ、あまり詮索しないほうがいいよ。代表は君のことを信頼しているが、根っこが人間不信だからね。」

「…申し訳ございません。出過ぎたことを申しました。失礼いたします。」

オウルは、向こうへ歩いていくレインの背中を見送り、自室に向かって歩き始めた。

(さて、どうなることやら…)

オウルは不敵な笑みを浮かべ、廊下を靴と杖の音を鳴らしながら廊下を進んでいった。

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