第10話 応接間にて

 無機質な廊下に、足音と杖の音が響いていた。オウルは応接間へと向かいつつ、耳に丸い機械を押し付けていた。丸い機械からは、アルヴィーとスノの声が流れていた。

(特段変な会話は無し…髪?まずいな、バレるまでいかなくとも間違って外れでもしたら…)

突然機械からブツンという音が鳴った。その音を最後に、機械からは何も聞こえなくなった。

(壊れた…間違って踏まれたか握りつぶされたか、あるいは、意図的か。あれだけ小さければ、あっさり壊れるのも仕方ないか。)

オウルは機械をポケットへとしまい込み、杖を握りなおした。

(収穫はほぼゼロ…強いて言えばスノとかいう部下の態度と、残り2人の部下について聞いた時の返答が少し怪しかったくらいか。決定打にはなりえないな。あのアルヴィーとかいう女、食えない奴だ…パーティー前の事前調査でも、ほとんど隙を見せなかった。というかパーティー会場が広すぎるんだよ…屋敷を別館を除いて丸ごと使うのはやりすぎだ。その割に警備は少ないし監視設備も足りていない。もう少し狭い会場か、もしくはもう少し多めの警備がいれば、2人の部下が会場内にいるかどうかの真偽を確かめられたものを…ストゥー・パーカー、見栄を張りたいのもわかるし、野心があるのは評価するが、金のかけ方があまりにも下手くそすぎる。僕なら…)

オウルが歩きながら考えを巡らしていると、あっという間に応接間の前までたどり着いた。

(おっといかん。平常心だ平常心。)

オウルは気持ちを落ち着かせ、ノックをして扉を開いた。

 応接間にはフールがいた。質の良いグレーのソファに座り、何やら不機嫌そうな態度で、オウルをにらみつけていた。その顔は、ルーグたちとともに仕事をしていた、あの人のよさそうな小太りの男と同じ人物とは思えぬほど、鋭い目つきとゆがんだ口をしていた。

「おやおやどなたかと思えば、フール殿ではありませんか。どうかされましたか?今回のパーティーは不参加と聞いて…」

オウルがしゃべり終わるよりも前に、フールが口を開いた。

「証拠はつかめたのですか…?」

オウルは話を遮られたことに苛立ちを覚えつつ、穏やかな笑顔で冷静に答えた。

「証拠、とはいったいなんの証拠ですかな?」

「冗談はやめてください。アルヴィー社のことですよ。資料室に潜入し、資料を狙っていると先日あなたに密告したでしょう?」

「ああ、そのことですか。」

オウルは向かいのソファに座り、テーブルに置いてあった茶を口に含んだ。

「残念ながら、パーティー前に行った極秘調査でも、パーティー中の接触でも、それらしい証拠は見つかりませんでした。」

「そんなはずがない!」

突然フールが声を荒げた。

「本当にきちんと調査したのですか!?潜入しているのは本当のはずなんだ!そうだ!今から私と資料室に行きましょう!そこに奴らがいるはずです!早速…」

オウルは、はぁとため息をつき、興奮しているフールに冷ややかな目を向けた。

「落ち着きなさいフール殿。大体考えてみなさい。なぜアルヴィーたちが、資料室を狙っていると断定ができるのです?ここの資料室に、見られて困るような重要な資料はありませんよ。見ても何にもなりません。ついさっき少しばかり、彼女と会話を交わしてきましたが、あそこまで用心深い人物が、なぜわざわざ毒にも薬にもならぬ資料を狙うと断定できるのです?」

「それは…」

少し落ち着いたフールが言葉に詰まる。

「それに屋敷は広大です。初めて来たものが、何の情報もなく資料室にたどり着くのは不可能に近いでしょう。おまけに資料室のある別館へ行くには、警備員の配置されている廊下か、大勢の参加者がいる庭を通らねばなりません。警備員からも参加者からも、何の連絡も来ていない以上、資料室に侵入者がいるとは考えにくい。」

「それがどうしたというのです…私の知らない協力者がいて、そいつの力で入った可能性だってある…」

怒りと焦りで震えるフールとは対照的に、オウルの態度は冷静そのものであった。

「その可能性もあるでしょうが、問題はそこではありません。私は、あなたが協力者ではないか、もしくは、あなたが嘘をついているのではないか、と疑っているのですよ。」

「!!」

フールの顔が強くゆがむ。

「あなたがアルヴィー社に屋敷の構造や警備体制の情報を流し、一方で私たちに密告をした。こうだと仮定すれば、あなたがこれだけ詳細な情報を得ることが出来たのも、いまだに警備員や参加者から不審者の報告がないのも、納得がいく。警備員に気が付かれぬよう、資料室にたどり着いたところをとらえられればお手柄、という算段ですか。もし本当に侵入する計画があったら、の話ですが。嘘の話だった、もしくは潜入する日時が今日ではなかったとしても、適当な証拠をでっち上げるかして『いつ潜入してくるかわからない!』とでも言って、我々に先手を打つよう助言するつもりだったんでしょう。情報屋としてのコネを活かしたところは評価しますが、私に見破られてしまうほど、最後の詰めが甘いところは、先代とは違いますね。」

怒りでこぶしを握りこみ、今にも机にでも叩き付けんとするフールをよそに、オウルは淡々と話しを続ける。

「おそらく、密告の見返りとして、先日決定した”グループ除名処分”の撤回を求めるつもりだったのでしょう。しかしまともな証拠があがる前に、私に見破られ、今や協力者のひとりであったか、虚偽の密告かの二択に陥ってしまった。先代が今のあなたを見たら、どんな顔をするでしょうなぁ。」

「黙れ!大体なぜ除名処分なのだ!わが社は長くゼログループに貢献してきた!あんまりではないか!」

「貢献していたのはあなたではなく、あなたのお父上、ですよ。あなたのお父上は、先祖代々継いできた事業を急成長させ、ゼログループに加盟、グループに10年以上もの期間、貢献してくださいました。しかし彼の死後、フール社の業績悪化は著しく、何度も与えたチャンスをことごとく棒にふるいました。エースのヤング隊長も先の任務で負傷し、回復には時間がかかる。その間、フール社はまともに仕事はできないでしょう。先代の遺産を食いつぶし、ヤング隊長に頼りきりだったつけが回ってきたのですよ。おまけに今回の件で、私からの信用も失った。そんな未来のない会社に、なぜゼログループが名を貸し、金を出さねばならぬのです?これは役員会で決定したこと、もはや撤回は出来ません。」

フールはこぶしを握りこみ、何か言葉を発しようとしていた。しかし、今オウルが言ったことは紛れもない事実であり、決定的な反論は何も出てこなかった。オウルは深く帽子をかぶり、杖を持って立ち上がった。

「まあ、あなたが彼女らの協力者で、本当に潜入している可能性も捨て切れません。あなたのような迷惑な客人が来ない限り、この後の私は暇ですから、一応資料室に行ってみますよ。フール社の処分は、変わりませんがね。」

オウルが部屋を出ていこうとしたその時、フールが何かぶつぶつとしゃべりだした。

「調子に乗りおって青二才め…ならばこちらも奥の手を出してやる…」

「今、何と?」

「奥の手を出すといったのだ!お前の会社が開発しているという超再生薬、開発過程で人体実験が行われているという噂を手に入れた!除名処分を撤回しなければ、この噂をばらまいてやる!」

オウルは頭を抱え、大きくため息をついた。

「…手垢のつきまくった都市伝説頼りとは、情報屋としても落ちぶれましたな。残念です。最近の新聞記者でも、もう少しマシな情報を脅しに使いますよ。で、今のが奥の手でよろしいのですか?」

フールは黙り込み、うつむいた。小さく太い体を震わせ、全身で怒りを表現していた。

「では、失礼いたします。」

「待て!」

外に出ようとするオウルの肩を、フールがむんずとつかんだ。

「まだ話は終わっていない…ずっとにやにやと、気に食わん…」

「いえ、もう終わりですよ…」

オウルは振り返り、フールに憐みの目を向けた。

「残念だ…噂のことを口に出さなければ、もう少し生き永らえたものを…」

「なんだと?それはどういう…」

フールが言い終わるよりも先に、オウルの胸ポケットから、何かが飛び出した。小さい羽虫のような生物だった。

「こいつは一体…」

羽虫は驚くフールの目に突撃し、その目をドロドロに溶かした。フールが痛みの叫びをあげる暇もなく、羽虫はフールの肉と骨を溶かし、脳まで到達した。

「あなたは無能だが、先代が築いた情報屋としてのコネと、その執念深さ、意地汚さは侮れない。悪いが消えてくれ。」

オウルは穏やかな笑みを浮かべたまま、冷淡に言い放った。

「1つだけ答え合わせをして差し上げよう。先ほどの人体実験の話は、完全に間違いとも言えないんだ…まだ耳が聞こえているなら、冥途の土産にするといい…もう少し早くこの情報を掴んでいたら、何かが変わったかもね…」

オウルがしゃべり終わるころには、フールの脳はドロドロに溶け、ピクリとも動かなくなっていた。オウルは淡々と胸ポケットを開け、羽虫が戻ったのを確認すると、まるで何事も無かったかのような態度で廊下へ出た。

「さて…資料室だったか…一応行ってみるか…」

オウルは体の向きをくるりと変え、杖と靴の音を鳴らし、資料室へと向かった。

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