第9話 パーティー会場にて

 時は少し前にさかのぼる。乾杯のあいさつが終わった後、アルヴィー達4人は事前に打ち合わせした通り二手に分かれた。会場に残り、指示出しと情報収集を行うアルヴィーとスノは、グラスを片手にメインホール内を歩き回っていた。

「緊張してる?」

アルヴィーがスノに問いかける。

「うん。こういう場所来るの初めてだから。それに…」

震えた声で答えるスノの肩に、アルヴィーがそっと手を置いた。

「あの2人なら大丈夫さ。ポポもルーグも強いから。私たちの仕事は、できるだけ怪しまれないように振る舞い、情報を集めることだ。料理でも食べよう。向こうのほうに面白いものがあったよ。200年ほど前に無くなってしまった”日本”という国の料理を再現したものだそうだ。」

アルヴィーとスノが料理を取りに行こうとしたとき、スノは誰かがこっちに近づいてきているのに気が付いた。帽子をかぶった男で、片手に杖を持ち、危なげな足取りでこちらに近づいてくる。

(あの人転びそう…)

スノがそう考えた瞬間、男の体がぐらりと前に倒れこんだ。

(転ぶ!)

スノはグラスを近くのテーブルに置くと、即座に男の体の下に潜り込み、倒れないよう体を支えた。

「怪我はありませんか?」

スノが男に問いかける。男が顔をあげた。その顔は、たった今乾杯のあいさつをしていた役員、オウル・モノだった。

「ああ、ありがとう。」

オウルは杖を持ち直して体を起こし、服のホコリを手で払うと、スノに向かって穏やかな笑みを浮かべた。

「生まれつき片足が悪くてね、杖と義足はちゃんとしたものを使っているんだが、時々こんな感じにぐらついてしまうんだ。」

 オウルが話し終わる少し前に、アルヴィーが早足で近づいてきた。

「お怪我はありませんか、オウル殿。」

オウルはアルヴィーに顔を向けた。

「ああ、この子はアルヴィー殿の部下でしたか。ご挨拶しようと思ったんですが、いやはやお恥ずかしいところをお見せしてしまって…」

「いえいえそんな…」

オウルは再び顔をスノに向けた。

「しかしすごい子ですな。私が転ぶより早く動いていた。まるで未来でも見えているようだ。」

「スノは目がいいのですよ。異形討伐の仕事も、能力を生かしてしっかり貢献してくれています。優秀な部下ですよ。」

アルヴィーの言葉を聞き、スノは少し照れくさそうに笑った。

「ああ、この子が先日の作戦で成果を上げたという子ですか。お礼を言わねば。実はあの異形は私の管轄でして、生物の構造を組み替えるのが得意な奴だったんです。奴の持っていた羽虫のような異形は、奴の力を使い作られたものなのです。もし羽虫サイズのもの1匹でも、逃がしてしまえば何が起きるかわからないのが異形です。なので、羽虫も含めて討伐してくれたあなたには感謝しています。本当にありがとう。」

帽子を取り、オウルが深々とお辞儀をする。スノは慌てて口を開いた。

「いやお礼なんてそんな…その時一緒に仕事をしていたルーグが取り押さえておいてくれなければ、私じゃ追いつくこともできませんでしたし、羽虫だって私だけじゃ、全部始末はできなかったし…」

スノの言葉を聞き、オウルが何か思い出したような顔をし、アルヴィーに向かって話しかけた。

「そういえば、アルヴィー社にはほかにもメンバーがいたはずですが、ほかの方はどこへ?」

想定していない質問に、スノの顔が少し険しくなる。しかしアルヴィーは表情一つ変えずに、オウルの質問に答えた。

「ほかのものには”パーティーを好きなように楽しむように”とだけ伝えて、自由にさせています。我々は次回も呼ばれるかわかりませんからね。今は屋敷内か、庭のどこかいるでしょう。」

「自由に楽しむ、ですか。素敵ですなあ。」

オウルがうらやましそうな顔をする。

「なにせこの立場になると、何でも自由にとはいかなくてですね。いまだって役員専用の席から出てくるのに一苦労しました。」

そんな時、後ろからレインが近づいてきた。

「オウル様にお客様です。」

オウルがうんざりしたような顔になる。

「ほら、ちょうどこんな風にです。もう少しお話ししたかったが仕方がない。この後もパーティーをお楽しみください、では。」

帽子を取り軽く会釈をすると、オウルはレインとともに会場の外へ消えていった。スノは体の力が抜け、一瞬倒れそうになった。

「大丈夫かい?」

アルヴィーが声をかける。

「大丈夫、ちょっと緊張しただけ…」

アルヴィーはスノの体を支え、立ち上がるのを手伝った。

「料理を取りに行こう。オウル氏の言っていた通り、楽しまなければね。」

「うん…」

スノは力なく立ち上がり料理があるほうへ顔を向けた。

(と、その前に…)

「スノ、髪が乱れてるよ。」

「ほんと?ごめん社長、直してくれる?」

アルヴィーはスノの髪に手を触れた。スノの髪は乱れてなどいない。アルヴィーの目的は別にあった。

(あったあった…)

アルヴィーはスノの髪の中から、何か小さな機械を取り出した。

(小型の盗聴器か何かか。多分転んだ時に髪に仕込んだんだな。)

アルヴィーは機械を床に落とし、踏みつぶして壊した。

「ほら、直ったよ。」

アルヴィーが声をかけると、スノが振り向いた。

「取れた?盗聴器。」

スノが小声で発した一言に、アルヴィーは心底驚いた。

「分かっていたのか…」

「うん。転び方が演技っぽかったし、髪に触れた時の手の動きも、ほんの一瞬だったけど気になったから。聞かれてるだろうし、言わなかったけど。」

「驚いた…そこまで考えていたとは…だんだん私に似てきたね。」

「そりゃ6歳のころから一緒にいるんだもの。」

スノの顔が険しくなり、声が再び震え始めた。

「”疑われてる”ってことよね…?」

アルヴィーの顔も少し険しくなった。

「ああ、たぶんね。だが、今私たちが出来ることは、平静を装い、情報を集め、2人の無事を祈ることだ。そこは見失わないようにね。」

「うん…」

スノが答えたその時、ポポたちから連絡が入った。

「ポポだ。資料室前にたどり着いた。」

「お疲れ様。ここまでに何か問題は無かった?」

「ああ、警備2人殴り飛ばした以外にはな。」

「…穏便に済ませろと私は言ったんだがね…」

あきれたようにアルヴィーが言う。

「ポポさんらしいわ。」

スノはそういって少し笑った。

「まあとりあえず無事に到着したならよかった。だが気をつけろ。気のせいならいいが、何か嫌な予感がするんだ。」

「ああ、注意して帰るよ。」

通話を切り、アルヴィーとスノは料理があるほうへ歩いていった。

(まいったね。どうしてこういう大事な勝負時に限って、私はいつも運が悪いんだろうか…)

アルヴィーはそんなことを考えながら頭をかいた。

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