第8話 資料室にて
乾杯の後、参加者は屋敷のあちこちに散らばっていった。あるものは談笑、あるものは商談、それぞれがそれぞれの形でパーティーを楽しんでいた。ルーグとポポは別館方向へ向かう人ごみに交じり、少しずつ別館へと近づいて行った。別館へ続く廊下の前にたどり着いたとき、1人の警備員が廊下を監視しているのに気が付いた。
「さすがに警戒されてるな。」
ポポが口を開く。
「どうするポポさん?まだ見つかってないし、別の道探すか?」
「いや、この廊下以外だと庭から回るルートになっちまう。さすがにリスクが高すぎる。心配すんな。こういう時のために俺がいるんだ。」
そういうとポポはにやりと笑った。ルーグはポポのことは基本的に信頼しているが、ポポがこの状況を打破できるのかについては半信半疑だった。そんなルーグをよそに、ポポは上着のポケットから何か金属製の棒のようなものを取り出した。
「一応いつでも戦闘できるようにはしておけ。ここからは何があるか分からん。」
ルーグはうなずき、いつでも竜に変身できるように気を張り詰めた。
「準備いいか?」
小声でポポがたずねる。
「大丈夫。」
「よし。俺の肩に手を置け。声を出したり、手を離したりするなよ。」
ポポの言った通りにルーグが肩に手を置くと。ポポが深く深呼吸をした。
「行くぞ。」
ポポがそう言うと一瞬、ルーグは体を引っ張られるような感覚に襲われた。気が付くと、警備員は遠くでこちらに背を向けており、いつの間にかルーグたちは、廊下の向こう側にいた。
「いったい何が…」
ルーグは驚きのあまり声を出しそうになったが、ポポとの約束を思い出し、慌てて声を抑えた。ポポはにやりと笑って言った。
「詳しいことは移動しながら説明する。ついてこい。」
無機質な廊下に2人の足音だけが響いていた。そんな中、先に口を開いたのはポポだった。
「驚いたか?」
「うん。さっきのは何だったの?」
ルーグがたずねる。
「俺が異形なのは知ってるな?」
「うん。社長から聞いた。」
「あれは俺の力だ。異形の中でも悪魔に分類される奴は等価交換の力がある。”何かを等価値の何かと交換する力”だ。野生の奴はこの力がコントロールできてないことも多いが、俺みたいな知能の高い特別個体は、まず間違いなくこの力をコントロールできている。」
「あれは何と何を交換したんだ?」
ルーグが再びたずねる。
「俺は”体力と移動の過程”を交換できる。体力を消費する代わりに瞬間移動ができるって感じだ。もちろん移動距離が長ければ長いほど消費される体力も多くなる。」
「ポポさん以外もその瞬間移動ってできるのか?」
「さあな、悪魔はただでさえ個体差が大きい。生まれ育った環境にもよるからな。だがほぼ確実に共通して使える力はある。」
「なんだ?その力って。」
「再生だ。切り傷が治るだけとかそんなもんじゃねえ。失った手足が元通り生えてくるんだ。食べた肉とかを100%自分の肉体に変換できる。これを利用した再生医療とかの研究も進んでるらしいな。」
そんなことを小声で話していると、向こう側から別の足音が2つ聞こえてきた。
「曲がり角の先から警備だ。どこかに隠れられそうな場所あるか?」
ポポがルーグに尋ねる。
「近くにはなさそうだ。どうする?戦うか?」
「いや、ちょうどいい。多分こっから先、警備員服があったほうが便利だ。」
ポポは棒をしっかりと握りこむと、息をひそめた。向こうから聞こえる足音がどんどん大きくなってくる。人の影が見えたところで、ポポが能力を使った。ポポは2人の警備員の後ろに回り込み、1人の頭を思いきり棒で殴った。
「なんだ貴様…!?」
もう1人が腰に備えていた銃に手を伸ばしたのもつかの間、ポポはその手を殴りつけ、こめかみに強烈な一撃を叩き込んだ。殴られた警備員は、まるで糸が切れたマリオネットのように、その場に力なく倒れこんだ。あまりに一瞬の出来事に、ルーグは唖然としていた。
「ついでだ、こいつらから警備員の服もらって変装しようぜ。」
ポカンとしているルーグをよそに、ポポは服を脱がし、気絶している2人の警備員を人目のつかないところへ移動させた。
少し歩いて階段を下ると、遂に資料室の直前にまでたどり着いた。資料室前には警備はいないものの、監視カメラが1台、我が物顔で居座っていた。2人はカメラに映らない場所に移動し、襟元についている小型のマイクを使い、パーティー会場にいるアルヴィー達に連絡をした。
「ポポだ。資料室前にたどり着いた。」
連絡に応じたのはアルヴィーだった。
「お疲れ様。ここまでに何か問題は無かった?」
「ああ、警備2人殴り飛ばした以外にはな。」
「…穏便に済ませろと私は言ったんだがね…」
あきれたようにアルヴィーが言う。
「バレてないからセーフだよセーフ。」
ポポが少しむっとしたように言う。
「まあとりあえず無事に到着したならよかった。だが気をつけろ。気のせいならいいが、何か嫌な予感がするんだ。」
「ああ、注意して帰るよ。」
ポポがそう言うと通話は終了した。2人は監視カメラに顔が映らないよう帽子を深くかぶると、ゆっくりと資料室の扉の前に歩いて行った。扉の前に着くと、警備員が持っていた鍵を使い、分厚い扉を開き中へ入った。
資料室は静寂に包まれており、ルーグの2倍はありそうな巨大な資料棚達が、2人を威圧していた。万が一にでも資料の内容が漏れないようにするためなのか、ここに来るまでポツポツと存在していた監視カメラは、1つたりとも見当たらなかった。
「警報が鳴らねえってことはバレてないな。警備員だと思われてんのか、監視カメラ見てるやつが寝てるかのどっちかだな。」
ポポは皮肉っぽく言うと、扉に鍵をかけ、扉の前にドカッと座り込んだ。
「俺は帰り用の体力を温存しておく。手短に済ませろよ。」
ルーグは頷くと、さっそく資料棚を漁り始めた。ポポはうつらうつらとしはじめ、気が付けば眠っていた。
(寝てるところをよく見るけど、能力の関係で体力を温存していたからなのか…)
ルーグがそんなことを考えながら資料棚を漁っていると、異形に関する資料が納められている引き出しを見つけた。ルーグは興奮を抑えるために深呼吸をはさみ、引き出しを開けた。中には何枚かの書類の束が入っており、”死亡”、”捕獲または釈放”、”未捕獲”の3つに分類されていた。
ルーグはまず”未捕獲”の資料を確認し始めた。書類の束は、まず先頭の1枚目が異形の姿を映した写真と名前、2枚目以降に詳細が書かれており、ルーグは過去の記憶を頼りに片っ端から書類の束をチェックしていった。バーミンガムで工場の火災から避難している従業員が目撃した、巨大な竜のような異形から始まり、人の言葉を話すクマのような異形まで、約30体近くの異形に関する資料があったが、両親の仇らしき異形は見つからなかった。
(捕まってないわけじゃないのか、それともまだ発見すらされていないのか…)
旧スコットランド地方の村で異形に襲われる、というのは決して珍しい話ではなく、被害が多すぎて捜査の手が足りていないのが実情である。
(だがあの異形の言葉が本当なら、見つかってないはずはない…)
次にルーグは”捕獲または釈放”の書類を確認しだした。研究対象として捕獲されている異形と、すでに安全性が確認され、研究の必要もないとされた異形に関する書類が納められていた。ポポや”天使”等10体程度の異形に関する資料があったが、ここでも目的のものは見つからなかった。
(あの異形が嘘をついてたってことか…?)
ルーグは確実に焦っていた。顔からは汗が吹き出し、呼吸は荒くなっていた。そして藁にも縋る思いで最後の”死亡”の書類を確認し始めた。
最も書類の数の多いこの分類は、実験中の事故で死亡したものから、任務によって討伐されたものまで、実に数百体近くの異形に関する書類があった。ルーグはこの膨大な量の資料を、まるで祈るような気持ちで、片っ端から確認していった。
(頼む…!見つかれ…!何か…何か…!)
ルーグの手が突然ピタリと止まった。手に持ってる書類の束、そこに写っている写真には、あの日の憎むべき異形とそっくりな顔が写っていた。狂気的で、どこか空っぽなあの笑みがルーグの頭の中を支配していた。
「もう、死んでいたのか…」
ルーグは安堵と虚しさに包まれ、その場にへたり込んだ。力なく書類の詳細を確認し始めると、また別の衝撃が彼を襲った。
「何か見つかったか?」
眠りから覚めたポポがルーグの肩をトントンと叩く。ルーグの顔は青ざめ、まるで何か驚くべきものを見たような顔をしていた。ポポはルーグが見ていた書類を覗き込んだ。
「発見されたのはネス湖付近、竜の一族が全滅した年か。これがお前の両親の仇なのか?」
「…こいつだ…」
ルーグが力なく答える。
「…自分の手で敵を討てなかったのは残念だったが、もう討伐されてるならどうしようもないな…」
「違う、そうじゃない…」
同情するようなまなざしを向けるポポをよそにルーグは書類の下のほうを指さした。
「死亡した年が…20年前か。これがどうした?」
ルーグは顔をポポのほうに向け、ゆっくりと口を開いた。
「…俺の両親が襲われたのは15年前、俺が6歳の時なんだ…」
部屋が、静寂に包まれた。
「なんだと…」
ポポから発せられたその一言は、まるで絞り出すようにか細いものだった。
「こいつで本当に間違いないんだな?」
ポポが焦り気味に尋ねる。
「間違いない…こいつだよ、確実に…」
ルーグの答えを聞き、ポポは頭を抱えながら言った。
「どういうことだ…本当ならなぜグループは”こいつの記録を捏造している”…?こいつは今、”どこにいる”…?」
その時突然、資料室の扉がガチャリと音を立てて開いた。
「「!?」」
2人は動揺しながらも戦闘態勢に入った。ポポは棒のような武器を構え、ルーグは腕と足を竜に変身させた。扉がゆっくりと開き、扉の向こうから現れたのは、ゼログループ役員の内のひとり、オウル・モノだった。
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