第7話 作戦開始

 午前9時頃、インヴァネスから1台の飛行機が飛び立った。

「親切なもんだな。わざわざ迎えに来てくれるなんて。」

ルーグが口を開く。今日はゼログループ200周年を祝うパーティーが予定されており、アルヴィー社の面々は、そのパーティー会場へ向かうための飛行機に乗っている最中だった。

「まあ正真正銘、全世界のVIPが集まるイベントだからね。」

アルヴィーが応じる。インヴァネスからロンドンまでは約1時間半。快適な機内には、張り詰めた空気が漂っていた。

 空港に着くと、身なりのいい紳士がアルヴィー達を迎えにやってきた。

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」

案内されるままにアルヴィー達が進むと、1台の黒い車が止まっている場所に着いた。アルヴィー達が乗り込むのを確認してから、紳士は運転席に乗り込んだ。そこから車を走らせること1時間弱、車は巨大な屋敷の前に止まった。

 庭ですら端が見えないほど広く、豪華な料理を乗せたテーブルがずらりと並べられていた。すでに何人かがグラスを片手に談笑を楽しんでおり、身なりや所作からして、各界隈の要人であることは、もはや疑いようもなかった。もっともこれらは後から入ってきた情報に過ぎない。一行の目を引き付けたのは、まるで城のように豪華な屋敷の存在であった。荘厳にたたずむその姿は、ルーグ、スノ、ポポは当然として、アルヴィーですら息をのんだ。

「フールさんから情報を得てはいたが、まさかここまでとは…」

アルヴィーが驚きのあまり声を漏らす。気持ちを切り替えるためなのか、アルヴィーは2、3回わざとらしい咳をした後、ルーグたちに向かって小声で指示を伝え始めた。

「それじゃあ作戦の確認をしよう。ルーグとポポは別館地下の資料室を目指し、そこで特別個体に関する資料を中心に調査してくれ。私とスノはパーティーに出席し、情報収集と指示出しを行う。何より無事を優先すること、以上だ。」

大声で返事はできなかったものの、4人の意志は同じだった。

 屋敷の中に入ると、目の前には開け放たれた巨大な扉があった。扉の奥は、これまた巨大な部屋で、3階までが吹き抜けになっており、庭と同様にテーブルと人があふれていた。奥には劇場にあるようなステージがあり、ステージの両端には区切られた特別なテーブルと椅子が用意されていた。

「すごい人の数ね…」

スノが声を漏らす。

「これでもグループ全体で見れば、1000分の1にも満たない人数だろう。」

アルヴィーが応じる。

「あっちを見てごらん。」

アルヴィーが指さした方向を、ほかの3人が見る。ステージ端の特別席に座った3人の男たちが、何やら機嫌の悪そうに会話をしているのが見えた。

「あれがグループの役員たちだ。グループ傘下企業で、優秀な成績を収めた人間が、5人選ばれて役員になる。運営方針を決めたり、傘下のどの会社をどう動かすとかを決める役員会に出席できる。このグループのお偉いさん達さ。」

今度は指を反対のほうに向け、3人の視点もおのずとそちらに向く。先ほどの男たちよりは少し若く見える、1人の男が微笑みを浮かべて座っていた。

「彼も役員だ。ストゥー・パーカー。別の席にいるところを見るに、おそらく彼が今回のパーティーを取り仕切っているんだろうね。」

ルーグは説明を聞きつつ、いつか敵になるかもしれない男たちの顔を、しっかりと脳裏に焼き付けた。

「皆様、お静かに願います。」

突如会場の明かりが消え、ステージの上だけがスポットライトで照らされた。照らされた場所には、マイクを持った1人の女性が立っていた。

「参加予定の方が全員揃われたので、ご挨拶させていただきます。私司会進行役を務めさせていただきます、ゼログループ代表補佐、レイン・バトラーと申します。本日はよろしくお願いいたします。」

”レイン”と名乗った女性が深々と頭を下げると同時に、会場がしばらく拍手の音で包まれた。拍手の音がまばらになってきた頃、再びレインが口を開いた。

「なお、代表は高齢のため、本日は欠席させていただいております。本日は代表の代理として、"オウル・モノ”様よりご挨拶をいただきたいと思います。それではモノ様、お願いいたします。」

会場が再び拍手に包まれる。ステージの袖から1人の男が現れた。おそらく30代前後、黒い紳士服をまとい、頭には帽子をかぶり、右手に杖を携帯している。

「彼は?」

ルーグが訪ねる。

「オウル・モノ。ここ20年で急激に業績を伸ばした製薬会社の責任者で、役員の1人だ。その影響力から、実質グループの№2との呼び声も高い。」

アルヴィーが答えている間に、オウルはマイクを受け取り、ステージの中央まで足を進めていた。帽子を取ると、よく手入れされた黒髪と、にこやかな笑顔がライトに照らされた。オウルは一礼をはさみ、スピーチを始めた。

 「先ほどご紹介にあずかりました、オウル・モノと申します。本日はこのような名誉ある役をいただき、誠に光栄に存じます。」

もう一度礼をすると、再び話を始めた。

「ゼログループの歴史は、今日より200年と少し前、フィル・ゼロがネス湖の怪獣を捕獲した時から始まりました。経営者兼生物学者であった彼は、怪獣捕獲後に竜の一族と協力し、何人かのスポンサーから支援を受け、自身の企業で怪獣の研究を行いました。しかし残念なことに、その研究結果が最初に活用されたのは、戦争のための兵器開発でした。当時、イングランドとスコットランドは戦争状態にありました。ご存じイギリス統一戦争の真っ最中だったのです。スポンサーからの圧力もあって、フィルの異形関係の初仕事は兵器開発になったのです。やがてひとつの高威力の兵器が開発され、イングランド圏に投下、そのあまりの威力と凄惨さに、戦意を喪失したイングランド側が降伏し、イギリス統一戦争はスコットランドの勝利という形で終わりを迎えました。その功績が高く評価され、フィル・ゼロは名声と富を得て”ゼログループ”を設立しました。グループは本日に至るまで200年、フィルの子孫が代表の座を受け継ぎ、世界に多くの利益をもたらしてきました。現代表のジャック・ゼロ氏も異形研究において多くの結果を残しており、今後も世界を豊かにしていくことでしょう。」

ここまで話し終わった後、レインがグラスを運んできた。会場にいた参加者にも、上質な酒の入ったグラスが配られた。オウルはグラスを高々と掲げ、とびきり張った声で言った。

「ゼログループのさらなる躍進と、世界のさらなる発展に、乾杯!」

「「乾杯!」」

会場が応じる。この乾杯はパーティー開始の合図であるとともに、ルーグたちにとっては、潜入作戦開始の合図でもあった。




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