第5話 特別個体討伐任務

 ルーグは時々、ある夢を見る。月すらも見えない深い闇の中、ただ1人でぽつんと立っている。しばらくすると光の塊が見えてくる。歪な形にゆがんだ我が家だったものが、真っ赤な炎に包まれ燃えている。中では両親だった肉塊が、異音と異臭を発しながら燃えているのが見える。

「父さん!母さん!」

叫び声をあげても、体はあの日と同じように全く動かない。屋根のほうを見上げると、両親の仇である異形が見える。長身でがっしりとした体つきをしており、背中には巨大な羽が生えている。顔を見れば、あの張り付いたような、狂気的な笑顔が見える。

 いつも奴の顔が少し見えたところで、ルーグは目を覚ます。びっしょり冷や汗をかいており、寝起きとは思えないほど呼吸も荒い。隣のベッドでは、夜遅くまで仕事をこなしていたであろうポポが、静かに寝息を立てている。外はもう明るく、鳥の声が朝を告げている。ここにきてから1週間と少し経ち、この生活にも慣れてきたところだ。いつものように汗を拭き、寝間着から私服に着替えたのち、自室を出て食堂に向かう。食堂からはカチャカチャと食器を並べる音が聞こえる。どうやらあの2人はもう起きているようだ。扉を開け食堂に入ると、机に食器を並べているスノの姿が目に入る。

「あら、おはよう。」

「おう。早いな。」

「社長も起きてるわよ。」

キッチンのほうを見ると、かごにパンを詰めているアルヴィーがいた。

「やあ、おはようルーグ。」

「おはよう社長。」

「もうちょっとで準備できるから座って待っててくれ。」

ルーグが座ってから少し経つと、いくつかパンの入ったかご、続いて野菜とハムが入ったかご、何本かのナイフが運ばれてきた。

「ジャムとバターは向こうのほうにあるから、使いたくなったら自分で持ってきてくれ。」

アルヴィーがそう言って席に着く。スノも席に着き、朝食が始まる。おのおのパンを取り、ハムや野菜をはさんだり、バターを塗ったりして自由に腹を満たす。それがここの食事スタイルなのだ。パンも具材もなくなり、腹も満たされたころに、アルヴィーが入れるコーヒーを飲む。これで朝食は終了する。ここからは仕事の時間になる。

「さて、仕事の話をしようか。」

そういうとアルヴィーは、机の下から何枚か書類を取り出した。

「今日私たちが討伐依頼を受けたのは、”悪魔”の”特別個体”だ。今までとは違う特別な任務だから、これから細かいところを確認したのち、出発する。」

アルヴィーが書類のうち1枚を手に取り、説明を始める。

「以前にも説明した通り、異形は個体ごとの能力で”天使”、”悪魔”、”竜”の3つに大まかに分類される。天使は常に1体しか存在せず、危険性も低い。悪魔は最も個体数が多く、一般的に異形と言われたら、悪魔をさすことが多いね。個体差はあるが基本人間に敵対的で、その分危険性も高い。最後に竜。これは竜の一族のことをさす。異形の力に耐性がある鱗を持ち、人間に対して友好的。ルーグ、君はこの一族の末裔だ。竜の一族は、残念ながら数十年前の洪水で全滅したとされているが、彼らのもたらした知識は今も多くの人の助けになっている。」

アルヴィーはここまでしゃべり終えると、続いて別の書類を取り出した。

「次に危険度についてだが、危ない順にA、B、C。そして”特別個体”だ。人間に敵対的かどうかとか、能力の練度とかで、お偉いさんたちが勝手に決定する。だが特別個体に関しては少し特殊だ。特別個体に分類される異形は、人間と変わらない、もしくはそれ以上の知能を持つ。敵対的であるかはまちまちだ。ある意味、最も危険といえるかもしれない。」

アルヴィーは書類を机に置き、2人に向き直った。

「さっき伝えた通り、今回の異形は悪魔、しかも特別個体だ。くれぐれも任務完了まで油断しないように。」

「「はい!」」

2人の元気な返事が室内に響く。その返事を聞いて安心したのか、アルヴィーの表情が柔らかくなった。

「よろしい。では各自自室で準備をしておいで。8時半には出発だ。」

ルーグとスノは食器を下げると、自室へ準備をしに戻った。ドアを開けると、奥のベッドの上にポポが座っていた。

「おはようポポさん。」

武器を磨いているポポが振り向く。

「よう。もう出るのか?」

「いや、これから準備するとこ。」

ルーグはしゃべりながらテキパキと荷物をそろえる。とはいっても素手で戦闘するので、連絡用の機器と携帯食料を少しポケットに入れるだけで終わった。

「それじゃ行ってくるよ。」

「おう、気をつけろよ。」

ルーグは自室を後にすると、玄関へと向かった。すでにスノは用意を済ませてそこにいた。初めて会ったときに携帯していた仕込み杖とは、比べ物にならないほど立派な片手剣を腰に下げていた。

「相変わらず心配になるくらいの軽装ね。」

すこしあきれたようにスノが言う。ほどなくしてアルヴィーもやってきた。

「2人とも準備はできてるようだね。それじゃ出発しよう。今回は別の企業の人もいるから、失礼のないように。」

「「はい!」」

再び2人から元気な返事をもらい、アルヴィーは満足気だった。一行は車に乗り、まだ静かな朝の街を後にした。

 一行は1時間もかからず目的地に到着した。そこはネス湖近くの森で、異形が出現するようになってから、長いこと人の手が入らず、荒れ放題になっていた。到着した場所には、銃を肩にかけ、防弾チョッキのようなものを着た連中が、きれいに整列して待っていた。

「お久しぶりです。アルヴィーさん。」

列の先頭に立つ1人の男が声をかけてきた。

「久しぶりだねヤング。フールさんはどこかな?」

すると列の奥の方から、背の低い小太りの男が走ってきた。いかにも人がよさそうな顔をしている。

「やあやあ久しぶりだねアルヴィー。」

「お久しぶりですフールさん。この2人が今回の任務に参加する私の部下です。」

ルーグとスノが頭を下げる。

「やあどうも。私は異形討伐における情報の管理、共有を専門としている”フール社”の2代目だ。今回の共同任務、ぜひ成功させよう。」

そういうとフールは大勢の部下の方に向き直った。

「ではこれより、特別個体討伐任務を開始する!目標はゼログループの研究施設より脱走した特別個体の捕獲、または討伐だ!1番隊と2番隊は森全体を包囲し逃走を防げ!3番隊はヤング隊長の指示に従い、森の中を捜索、対象を発見し、対処せよ!以上!」

指示を受けると、整列していた連中はちりぢりになり、それぞれの仕事場へ向かった。フールはルーグたちの方へ体を向けた。

「2人には3番隊に同行してもらう。それぞれの力を活かし、任務に貢献してくれたまえ。」

それだけ言うと、フールはアルヴィーとともに連絡機を取り出し、各隊への細かい指示を始めた。ルーグとスノは、すでに出発していた3番隊の後を追った。

 森の中は静まり返っており、自分たちの足音以外に音はしなかった。静かな森の中を3番隊と進んでいると、突然上空を影が覆った。上には巨大なハエのような異形がいた。3番隊のメンバーは即座に銃を取り出し、ヤングの掛け声と同時に発砲した。異形はあえなく撃ち落され、そのまま息絶えた。

「足跡を見るに、西の方から飛んできたっぽいな。」

ヤングが指をさした先には、ぽつぽつと足跡が残っていた。

「西に進もう。何かがあるかもしれん。」

ヤングの指示に従い、西へと歩を進める。ほどなくして、ぼろ布を身にまとった中年の男を見つけた。

「あれだ。今回の目標。まだこちらに気が付いていない。」

異形といえば、いままで常識離れした化け物ばかり見てきたので、今視界の中にいる男が異形だという事実に、ルーグは少なからず驚いた。ヤングが銃を取り出し、異形に向かって発砲しようとした。

「待って!」

スノが打つのを制止した。

「あいつ、何か隠し持ってる。」

よく見るとその異形は、腕の中に袋のようなものを抱えていた。

「ただの袋だ。任務に支障はない。」

ヤングはそう言うと、再び銃を構え、異形の胸あたりに発砲した。弾は少しそれ、異形の皮膚を少し削り、袋を破裂させた。その瞬間、袋の中から無数の羽虫が飛び出した。羽虫たちはあたりを少し飛び回ると、一斉にこっちに向かって突っ込んできた。

 あたりに悲鳴が響いた。一部の羽虫は目や鼻、耳などから侵入し、臓器に直接ダメージを与えてきた。また一部の羽虫は皮膚にとまり、小さいながら凶悪なあごで、皮膚の肉を削った。たまらずルーグは全身に鱗をまとった。

「こいつら、全部異形か!」

羽虫の攻撃を鱗で防ぎながら、少し高い所へと飛び上がり、元凶を探す。すると、北の方の、開けた場所を逃げる人影が見えた。

「見つけた!」

そう言うなりルーグはその方向に向かって走り出した。変身後の脚力は凄まじく、あっという間に追いついて、取り押さえた。よく見ればかなり痩せこけており、なんとも情けない顔をしていた。

「おとなしくしろ!そうすれば悪いようにはしない。」

ルーグが言い放つ。異形は歯をガチガチと鳴らし、ぼそぼそと何かつぶやき始めた。

「ちくしょうなんで俺だけがこんな目にあわなきゃいけねえんだ…あいつだって同じ異形なのにいい思いしやがって…」

「あいつ?何のことだ?」

ルーグが問うと、声を大きくして答えてきた。

「俺と同じ異形のくせに、ゼログループ内でいい思いしてるやつがいるんだ!許せえだろ!いっつもにやにやしやがって気味が悪い!」

ルーグの頭の中には、あの日の忌むべき異形の顔が浮かんでいた。張り付いたような、あの狂気的な笑み、どうしても頭の中で結び付けてしまっていた。異形はその動揺を見逃さず、懐からナイフを取り出し、ルーグの胸へと狙いを定めた。瞬間、後ろから追いついてきたスノが剣を振り、ナイフを根元からへし折った。異形が驚きの声を上げる暇もなく、即座に異形の両腕を切り落とし、首をはねた。

「ちょっと、大丈夫?」

ルーグはスノの声で正気に戻った。

「向こうのほうでけが人が出てるわ。ボーっとしてないで運ぶの手伝って。」

「あ、ああ…悪い。」

甚大な被害を負った3番隊を森の外へと運び、この日の任務は終了した。ルーグの胸には、あの異形の発言がずっと引っかかっていた。


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