第一章 第11話 蹂躙②

 ◇◇◇【ヴァン・ヴォルフィード】視点◇◇◇ 






 (・・・遅い・・・、遅すぎるなあ・・・)




 此れでも、俺としてはゆっくりと身体を慣らしながら、柔軟体操のつもりで動いているのだが、俺の動きを目で追えている者は此の場にいない様だ。


 既に【アンジー】殿とその妹達は、バリア・バルーンで守っているので、暫くは大丈夫だろう。




 ([ヘルメス]、此奴等以外の人間や動物が周囲に近づく様子は有るか?)




 《今のところ、周囲5キロ圏内には人間は存在せず、動物はやや小型のものが数百匹と、鳥の類が同じく数百羽居りますが、特に我々に干渉して来る様子は有りません》




 そうか・・・、と独り言ちて、俺は王国軍人とやらの残った5人に向いながら、次は何の技を叩き込んでやろうか? と心のなかで舌舐めずりしていた・・・。




  




 ◇◇◇【王国軍追跡部隊長】視点◇◇◇






 (何なんだ、奴は何者なんだ?)




 此の世界に於ける常識を無視して、奴は我々の知らない武術を叩き込んでくる。


 魔力を伴わない武術や【武技】は、此の世界に存在いないので、もしかすると高度な魔力痕跡を消す、【魔導具】や【アーティファクト】かも知れないが、奴の行使する武術は見たことも無いものばかりだ。




 だが、だからといって公国に於ける最後の希望と成り得る、【紅の公女将軍】をこのまま逃してしまうと、王国としては断じてあってはならない。




 なので私は、切り札を使用する事にした・・・。




 「全員、奴から距離を取れ!


 今より、禁魔法【閉鎖クローズド空間】を使用する!」




 その命令を受けて、残っている部下達は一気に走り出して、奴から距離を取った。




 次の瞬間、私は用心のために上官から持たされていて、懐に忍ばせていた【魔法石】を取り出して、奴に向かって放り投げた。




 奴は、興味深そうに私の行動を見守っていたが、その余裕こそが命取りだ!




 「喰らえ! 禁魔法【閉鎖クローズド空間】!」




 投じられた【魔法石】に、封入されていた禁魔法【閉鎖クローズド空間】は、その能力をいかんなく発揮して、奴を巻き込んで5メートルの閉鎖クローズド空間が、現出したのだった。




 当然ながら、奴はなす術なく異空間に閉じ込められて、空気も重力も無い状態に陥った。


 此れで奴は異空間に閉じ込められて、そのまま死んでいくだろう・・・。




 「さて、【紅の公女将軍】よ、とんだ邪魔者が現れたが、処理する事が出来た。


 その訳の分からない膜から出てきてもらおうか」




 と言いながら、私は腰から剣を抜き放つと斬り下ろした。




 ボヨン・・・




 だが、簡単に破れそうに見えるシャボン玉の様な膜は、剣の斬り下ろしを受けたにも関わらず、破れずに普通に柔らかく受け流した。


 偶々かと判断し、今度は突き刺して見たのだが、ある程度減り込むのだが破れる気配が無い。




 「・・・お前たちも手伝え!」




 そう命令し、部下を含めた5人で剣をシャボン玉の様な膜に、突き刺して見るのだが、結果は同じである。


 些か始末に困り、思い悩んでいると、突然奴を異空間に閉じ込めた辺りから、ガラスが割れた時の様な硬質な音が響き渡った。




 (まさか、?!)




 音のした方向に視線を向けると、黒く塗りつぶされた様な閉鎖クローズド空間に、大きく白い色の亀裂が走っている!




 (・・・あ、有り得ない・・・、いや、あってはならない!


 人間であるならば、こんなに長時間に渡る空気が無い状態で、生きる事など不可能だ!)




 戦慄と共に、ガタガタと身体が震えだす事実に恐怖をおぼえるが、その光景から目を一切逸らせずにいると、やがて白く亀裂の入った閉鎖クローズド空間から、明らかに人の手と思われる手刀が飛び出して来た!


 そして、もう一度同じく手刀が飛び出して来て、両手の手刀は閉鎖クローズド空間の縁を掴むと、大きく扉を開ける様に閉鎖クローズド空間を開け放った!


 その瞬間、




 バリンッ!




 という音とともに、閉鎖クローズド空間はまるでガラス片の様に、粉々に砕け散ってしまった・・・。


 


 (こんな、こんな事があって良いのか? 王国の切り札たる禁魔法【閉鎖クローズド空間】が、只の人間の男によって魔法では無く、力づくで破られるなどあって良い訳が無い!)




 ひたすらに現実を受け止められずに、私はワナワナと震え続けていると、いつの間にか目の前に奴が傲然と立って居た。


 慌てて周囲を見渡すと、私以外の王国軍人は全て倒れ伏していた・・・。


 つまり、この僅かの時間で目の前の男によって、尽く王国軍人は倒されたのだ――――――。




 「キエエエエエエェエエエエエッ――――――!!」




 私は、正気を失う事で現実を拒否して、構えていた剣を大上段から男に向かって打ち下ろす。


 そして、そのまま私の意識は、暗黒の中に溶け込んで行くのであった・・・。

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