第18話 【ドラゴン】

「トラスト!!」「トラスト!」



詐欺師の生還に、シエルとルミューの歓喜の声が重なる。

思わず抱きつきそうになって、そしてハッとし、今の状況を思い出した。



「感動の再会は後だ。今は、あの女を片付けろ」


「あたしに任せとけ!!」



シエルは転び続け、立てない女に近付くとグローブを付けた自身の両腕を思いっきり振りかぶった。

ずしんと、地下室全体が振動するほどの衝撃が、女の体に叩き込まれる。

拳の退けられた女は、その場で血を吐き、すっかり動かなくなっていた。



「トラスト!あなたどうして生きてたの?」



女の脅威がなくなったことを確認して、二人がトラストへと駆け寄る。

最初の攻撃には、毒が塗ってあったはずだと、シエルがそう言っていた。トラストの針から痺れるような酸っぱい匂いがしたという。だから、シエルはてっきり完全に死んだと思っていたのだ。

それに答えるように、トラストは自身の上着を捲る。

そこには、小さく穴の空いた肩掛けのカバンが吊るされていた。



「たまたまカバンに刺さってな、俺には届いていなかった」


「じゃあどうしてすぐ起きなかったのよ」


「あの女を倒す切り札になる気がしてな。実際そうなった」



そう話すトラストは何処か淡々としていて、今にも死んでしまいそうだったことを認識できていないようにも覚えた。

トラストは何事もなかったかのように、その盾になってくれたカバンから長いロープを取り出し、シエルの拳に倒れた女を縛り始めた。



「それよりも、驚いたのはお前たちだ」



トラストはロープで女を縛り上げながら言う。



「どうやってあの透明スーツを攻略したんだ?」


「ああ、あれはね、さっきあなたに教えてもらった、探し物を見つける魔法を使ったの」



探し物を見つける魔法。見つからないものを思い浮かべて呪文を唱えると、見つからないものが何処にあるのかを教えてくれる魔法だ。

正確には、その見つからないものの場所が色濃く光るのだが、どうやら光っている方は自分が光っていると認識できないらしかった。

あの時、ルミューは魔力探知を行うフリをしながら、魔力を込めて呪文を唱えていたのだ。

それが、ルミューたちが透明の女を見つけられた答えだった。



「なるほど、しかしこっちは随分長引いてしまったな」


「そうだ!!早くプリエーレのところへ行ってあげないと!!」



三人は縛り上げた女から念の為武器を抜き、その場に捨て置いて、大きい魔力の発生源、ドラゴンのプリエーレの元へと向かったのだった。



▽▽▽▽▽



戦況はかなり好転していた。あの時の自分の閃きと機転を褒め称えたい。

あそこまで追い詰められていた俺が、ここまで盛り返すとは、勝利の神様も思っても見なかっただろう。


目の前の人だかりは、男がこちらの戦闘員と戦っている輪だった。

とても強い男ではあったが、あそこまでボロボロだともうどうしようもない。その場から動けず、この数の雑兵にもただ打たれ続けるだけになっている。


賞金の百万と昇格は、まあ適当に渡してから殺せばいい。どうせ大事なのは今ここでこの男を殺せるかどうかだ。もし殺せなければ近い将来奴は我々マフィアの高い障壁になりうるだろう。


さて、そろそろ男も死んだだろうかと、イグはそのリングの魔法器で人だかりの様子を見る。

その隙を、ナイトは見逃さなかった。


その場から動かずにいたのは、足を休める為だった。今この瞬間、あの男に飛びかかって行く筋力を休める為だ。

空からこちらを眺めるリングを見て、ナイトは今がそのタイミングだと理解する。

溜めていた力を放ち、周囲の人だかりを一気に後方へ弾き飛ばした。

それはまるで反発する磁石のようで、たった一人の人間がそんな事象を引き起こしているとは、説明されても想像がつかない程の人間離れした技。


その光景に呆気に取られていれば、次の瞬間にはナイトはこちらへと迫っていた。

もう全てを倒した、意識も全部刈り取ったはずが、何故かその眼光は死んでいない。

そもそも、脚は限界だったはずだ。あの雑兵を退ける時も、脚はぴくりとも動かしていなかったではないか。

そう考えているうちに、ナイトの腕が一気に振るわれる。

その拳がイグに直撃する、その瞬間、地面が大きく揺れる。

その揺れに動かされ、ナイトもイグも、その場で尻餅をついてしまう。

なんとか、なんとかまた命を拾っている。

そうだ、ぼーっとしている場合ではない。目の前の男は立ちあがろうとしている。遠ざけなければ、自分の身を守らなければならない。

イグはリングを動かし、ナイトへ向けて、衝撃を打ち出して弾き飛ばした。

ナイトは再度、元いた後方へと吹き飛ばされる。

数の暴力とは恐ろしいと、そのナイトを取り囲むイグは思う。やはりどんな強大な個人も、数には敵わないのだと。

さあ、やっとナイトの首がとられ、マフィアには平穏が得られる。ドラゴンの方にはカメオを配置している。まさに完璧な布陣。

そうして、イグが完全に安心し切った、その時だった。


空を、巨大な影が横切ったのだ。

その影は再度戻ってきて、こちらへの月明かりを遮る。

そっとイグが顔を上げると、そこにいたのはまさに、個の暴力の化身であった。


幾重にも折り重なった赤とオレンジの鱗に、目はギョロリとした金色。

その広げられた翼は小さな屋敷程であれば覆ってしまえるほど巨大であった。

鉤爪は鋭く、尾は太く逞しい。

大きく裂けたトカゲの顔が、こちらをしかと覗いていた。



「ドラ……ゴン……何故……カメオはどうなってる……そもそも地下に居たはずだ……どうやって地上に連れ出したんだ!!」


「おい」



そのイグを呼び止めるのは、聞き覚えのある声だ。今は集団に襲われて、すぐそばにいるはずもない声。

返事をする暇さえなく、ナイトの拳がイグの顔面へと容赦なく叩き込まれた。

拳が頬にめり込み、頭蓋が割れる。

まさに一撃必殺の巨拳。


肩で息をするナイトは、そっと後ろを振り返り、ルミューたちへ向けてガッツポーズを見せた。

ナイトが集団を抜けられたのは、ドラゴンから降りたルミューたちの協力があったからだった。

そうでなければ、ナイトの一生はゴロつきに首を刈られて終わっていただろう。


ナイトの元へ、構成員を片付けたルミューとトラスト、ドラゴンから降りたシエルが歩みよった。

その様子は上から下まで見事にボロボロで、どうやらかなりの大苦戦だったことが伺えた。

しかし、ナイトはまるで圧勝でもしたかのように涼しい表情をしており、そこがまた相変わらずナイトらしいと、ルミューは思うのであった。



「どうやらこの様子だと、子分その1は俺だな」


「黙れ、お前にここで時間を稼ぐことができるわけない」


「あたしとプリエーレがいたからこその勝利だけどな」


「まさか無理やり抜けるとは思わなかったけどね」



そう、地下室に閉じ込められていたプリエーレを救う為、3人と一匹が行ったのは超力づくの作戦だった。

同じ壁と天井を、シエルの怪力とルミューの魔法で狙い続け、そこをドラゴンの神に如き膂力でぶち抜いたのだ。


そのせいで自分一人での勝ち星を失ったのかと、ナイトは少し憂鬱に思うが、まあルミューが無事なので、ここは少し広い心を持つことにした。

そうしてなんとか、この奪還作戦は、ルミュー達の勝利で幕を下ろしたのだった。


そんな安心も束の間、ルミュー達の元へ一通の手紙が舞い落ちる。

その手紙の発生源、空を見れば、一羽の鳩が青白い月光に照らされて羽ばたいていた。


ルミューは手紙を恐る恐る拾い上げ、封を切ると、その内容を読みあげた。



「えっと、明日、早朝に到着する。歓迎の用意をすべし、って書いてあるわ」


「記憶を失っても字は読めるんだな!!」


「おい、この手紙はどういう意味だ詐欺師」


「これは……かなりまずいな。数時間後にはもう首領が帰って来るようだ」



首領とは、マフィアのボスのことだろう。

しかしなんとなく、トラストを除く他3人は、その手紙に危機感を覚えられなかった。

こういう時に自分が必要なのか、とトラストはため息を吐き、手紙をビリビリに破って3人に一つの事実を言いつける。



「早くここを出ないと、俺たちは全員殺される」

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