第17話 【ゲーム】
「おい!詐欺師!クズ!返事しろ!」
地面に倒れ込むトラスト、シエルの声に反応は無い。ただならぬ状況に、落ち込んでいる場合では無いとルミューが頭を上げる。
「ルミュー!!詐欺師が、トラストが!!」
「わかってる!でも今は、敵を探すことが先よね!!」
トラストは倒れる瞬間を見ていたのはシエルだけだったが、腹部に刺さっている針から察するに、シエルを庇って倒れたことはルミューにも何となく想像がついた。
しかしまさか誰かを庇って倒れるような人間だったなんて、と、ルミューはトラストの評価を一つ見直す。
傷は深く無さそうだが、一針で倒れたということは毒でも塗ってあるのだろうか。
一撃で死んでしまう毒が、どこから飛んで来るのかわからないなんて、全くとんでもない理不尽な敵だと思う。
倒れ伏したトラストをよく見れば、その指が人差し指を突き立てている。
たまたま、のようにも思えるが、しかしトラストが意味のないことをするとも思えない。
それならと、指を刺された方向に小さく魔力感知を行う。
前方数メートルにのみ、意識をそんなに集中させないでもいられる程度の魔力感知だ。
ジワジワと浮かび上がってくるのは、人型の紫色の魔力。その指先は今まさに、何か小さな針を投げるその瞬間の動作。
「屈んで!!」
ルミューの声に合わせてシエルが咄嗟に頭を守って地面に丸まった。
後方で、何か硬いものが壁に当たった音がする。きっと目の前の、人型魔力が放った攻撃が躱された音だろう。
「まさか、見えてるの?」
そう声がするのは、何もないはずの地面と壁だ。そこからゆらゆらと空間が揺らぎ、やがて黒ずくめに女がその場所に現れた。
まるで初めからずっとそこにいたかのように、違和感なくその場所に佇んでいる。
「何だお前!!急に、急に出てきやがって!!」
「多分あの人が針を撃ってる!シエル、気をつけて!」
「なんだ、ラゴニアには見えてなかったの。姿表して、損した」
そう言うと女は、再びゆらゆらと空間の中に溶け込め始めた。
逃すまいとシエルが筋力をフルに使って飛び掛かるが、しかし身軽に躱されてしまう。
「くそ!!どこ行きやがった!!こんな場所じゃなけりゃ、匂いで見つけてやるのに!!」
「待ってね、すぐ見つける!」
ルミューはそう宣言して周囲に感知の糸を垂らすが、なかなかその輪が広がらない。
それもそのはずで、今日はすでに大きい魔力探知を一度行っているのだ。集中力を使う行動は、大きな運動を行わなくても体力を消耗する。さらに、今は見つけることと、何かあれば身を捻らなければいけないこと、そしてシエルに関しても、そのことを注意しなくてはならない。一度に多くのことを集中しては、一つ一つがことが疎かになってしまうことは至極当然と言えた。
そうこうしているうちに、三激目の針が飛んで来る。
女はルミューとシエル達の後方へと回り込んで、三発目の準備をしているところだった。
この針は、ステルススーツとのコンビネーションが最高だと、女は理解していた。
ただ唯一欠点があるとすれば、それは準備に時間がかかることだった。毒の効能が不便で、大気に触れてからしばらくすれば、毒の効果が消えてしまうのだ。
故に、毒は放つ直前に針につけていた。
そうして今も準備を終え、針を飛ばすための手の動きをする。古くから、この国に伝わる針による暗殺術。
最小限の動きで針に速度をつける技術だ。
手首のスナップを効かせて、女は勢いよく針を飛ばす。
針は一直線にルミューの首筋へ向かって飛んでいく。そのうなじを狙って、毒の塗られた切先が刺さる———
そのはずだった針は、シエルのグローブに阻まれた。皮の厚い特注の巨大グローブを貫通することはできず、その勢いは中程で止められる。
「見つけた!!そこだな!!」
まさか見えているはずなどない。この魔法器は完全に姿と気配を消すことが出来る。
故に、今目の前まで迫っているグローブも、ただのまぐれにすぎない。私を狙っての攻撃などでは決してない。
当たるというすんでのところで身を捩って回避する。
しかし、回避した先にまたしてもシエルの拳が振り下ろされる。
それを女は後方へのバク宙で躱し、なんとかことなきを得る。
「くそ、しぶとい女だ!!」
「ええ、でもどこにいるかわかればこっちのものよ!!」
シエルが勇ましく、グローブの両拳を叩き合わせる。
どうやら、奴らは本当に私の姿が見えているようだ。一体どうやったのか知らないが、ならば別の戦法を取るまでだ。
別に透明人間だから、マフィアの幹部にまで上り詰めた訳ではない。むしろ、それはただのおまけだ。
女は周囲に溶け込む魔法器をそっと解除した。
空間が揺らぎ、黒い服を身に纏った女性がそこに現れる。
居場所がバレているのなら、魔力を消費する分魔法器を使い続けるメリットはない。
それに、姿を表すのも面白い。そういうゲームだ。今回は、姿を晒して二人を殺すゲーム。
「やっと姿を現したわね」
「ギタギタにしてやる!!」
そう吠えたシエルは足に力を込め、女の方へ一気に跳躍した。勢いに地下水道の床がめり込む。瓦礫が崩れる音がする。
しかし、女はそのスピードに負けていないどころか、むしろさらにその上を行く。
シエルの全力の一撃を軽やかに回避すると、宙に舞った姿勢のまま針を数本右手から発射する。
シエルは咄嗟にグローブで頭を守るが、グローブに刺さらなかった針が地面に突き立った。
その威力に、ルミューはゾッとする。毒なんて塗られていなくても、頭を刺されれば一撃だ。
しかし、怖がっている暇は無い。ルミューは自身の右手を伸ばし、人差し指に嵌めた指輪に魔力のチャージを始める。
先程トラストに教えて貰った、魔法を使う媒体の経由だ。
先日、屋敷でアヴァンニールと戦った時には、魔法を使うと反動で手のひらが焼け焦げてしまっていた。人間の体は、凝縮された魔力に耐えうるようにはできていないのだ。
故に魔法使いは、皆何かを媒体として魔法を使用する。アヴァンニールのように杖を使う者、トラストのように指輪を使う者など様々だが、ルミューはトラストがたまたま持っていた予備の指輪を使っていた。
その指輪に、魔力が充填、圧縮されていく。
久々に使用する攻撃魔法に、全身の魔力が昂って行くのを感じる。
そして、今、ルミューの体を流れる溢れんばかりの魔力を、魔法として解き放つ。
「”グロック“!!」
一筋の白い閃光が走り、遅れて魔力の衝撃がルミューの指輪から放たれる。
一瞬の眩さに思わず目を細めてしまい、ルミューは黒ずくめの女を見失う。
空中にいたのを狙ったので、よっぽどのことが無い限りは外れていないはずだが、と、恐る恐る目を開ければ、そこには白く焼け焦げた先程までの魔法器が捨てられていた。
女は、自身の着ていた衣服を身代わりにして魔法を躱したのだった。どんな魔法器も、与えられた魔力で動くという性質がある。その女の服もそれは例外ではなかった。
故にこそ、グロックの魔力を吸収して、女の身を守る盾の役割を果たしたのだ。
ならば、洋服を脱いだ女は何処にいるのかとルミューは辺りを見回すが、その何処にも影が見えない。
「ルミュー!!屈め!!」
と、その時、女の右手が大きく振られ、背後から針が高速で放たれる。
間一髪、シエルの言葉を受けて回避に成功したルミューだったが、躱した後が無防備だ。当然、そこまでを読んでの女の攻撃は、装填する間も要らず、既に左手から第二射が放たれている。
しかしそこに間一髪シエルが飛び込み、分厚いグローブで女の針を受け止める。
転がり込む形で割り込んだシエルは即座に体を起こすと、もう一度女の方へと跳躍する。
しかし何度やっても結果は同じイタチごっこで、シエルは女に追いつくことはできない。
「ラゴニアちゃん、良い加減学んだら」
そう言う女だが、シエルは懲りずに飛びかかり続ける。
そして、ルミューはそのシエルの行動の意図をしっかりと汲み取っていた。
再度、指輪に魔力を充填する。今度は外さない。せっかくシエルが作ってくれているチャンスを、無駄にする訳にはいかない。
次にシエルが女を捉え、その体に一気に飛びかかった時だった。
女は想定通り、背後へとバク宙の形で回避をする。
その、女が跳ぶ瞬間。
「“グロック”!!」
再び眩い白い閃光と、衝撃が魔法となって現れる。今度は的を外さず、ルミューの放った魔力は吸い込まれるようにして女の胸元へと向かっていく。
跳んだ直後の、回避行動を行っている最中だ。避けている時に、さらに攻撃を避けることはできない。
魔力と体が激突する音がして、女が後ろへと一気に吹き飛んだ。
「やったわね、シエル」
「はぁ、意図が伝わってよかったぞ」
嬉しそうなルミューに、シエルが息を切らしながら近付いてきた。
シエルは二度目に飛び掛かった時点で、女の避ける癖に気付いていたのだ。
どこかこちらを馬鹿にするように、女は軽やかに背後へとバック宙を繰り返す。
それは、シエルが何度飛びかかっても同じことだった。
そこをルミューの魔法で射抜け、というのが、シエルの攻撃の意図だったのだ。
「早く、プリエーレの所へ行ってやらないと」
そう言って、シエルがトラストを担ぎ上げた、その時だった。
ルミューの目の前、女が吹き飛んだ方向で、魔力の起こりと放出を感知する。
間違いなく、魔法を使った反応だ。
しかし、こちらに何か飛んで来る訳でもなければ、トラストの転ばせる魔法のような効力がある訳でもない。
なら一体何が起こったのかと、そう身構える二人に向かって飛んできたのは、更に数本の針だ。
「ルミュー!!」
咄嗟に身を捩って避けるも、ルミューの腕に一本刺さってしまう。
痛みに顔をしかめるが、毒が塗ってある訳ではないようで、大事には至らないということをシエルに目で伝える。
そこへ跳んできたのが、先ほど倒したはずの女だ。見れば、魔法が直撃したはずの場所から傷がそっくり消えている。
おそらく女が使ったのは回復の魔法、自分の怪我を治癒する魔法なのだろう。
傷を負ったナイトが、バトマンに行く最中でお嬢様の治癒魔法がどうとか話していたのを思い出す。
ならば何度攻撃を与えても同じだろう。回復の魔法で治癒されてしまう。ならば女の魔力が切れるまで待つか?いや、魔力量ではこっちが優れていても、体力や攻防では向こうに分がある。その作戦は無しだ。
「早く、死んで」
女が更にまた針を飛ばすが、シエルがルミューの盾となり、女の針をグローブで弾き飛ばす。
「本当に、厄介」
「それはこっちのセリフだ!!」
シエルが再度勇ましく吠え、床を蹴ってグローブで女を殴り付ける。針が刺さってハリネズミのようになっているそのグローブが、女に当たると思われた矢先、女はその場で回転する形でシエルを避けた。
先ほどまでのバク宙とは違う、こちらを舐めていない本気の回避だ。
その突然の回避に驚き、シエルはその勢いを殺せずに地面に激突してしまう。
そして、相手の女はその隙を見逃す程馬鹿ではなかった。
「じゃあね、ラゴニア」
右手を振りかざし、幾多の針を突き立てようとシエルに向かって腕を振るう。
その瞬間、ルミューはシエルを救うため、魔力を指輪に充填させていた。
こっちだと言わんばかりに、指輪にありったけの魔力を込め、呪文によって一気に解き放つ。
「“グロック”!!!」
バチンという巨大な音と、眩い閃光が走る。
指輪に集められた魔力は放たれることなく、なんとその場で爆発して霧散する。
大量の魔力に耐えられなかった指輪が、その場で瓦解してしまう。
「そんな!」
一瞬女の気を引けたものの、シエルを殺すのを止められない。今から魔法を使おうにも、チャージする時間が足りない。
間に合わないと分かっていても、ルミューはその足で走り出していた。
女は無慈悲に右腕を振るう。
シエルが殺されてしまう。
その刹那———
「”リグスプリング“」
予想だにしない場所からの、予想だにしない魔法。それが、低くしわがれた声で響いた。
魔法を受けた女は、その場で盛大に足を滑らせて転ぶ。
もう一度、女は立ち上がろうとして足に力を込めるが、やはり踏ん張れず転んでしまう。
その魔法の主は、初激の毒針でシエルを庇って死んだはずの、しがない詐欺師だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます