第26話 確かな手応え——終焉——
「なぁ、中元、私らは最初から道を踏み外してたんかもしれん」
一応、指紋がつかないようにハンカチで包んでペットボトルを繁々と眺めていた胡桃がこっちを向く。さながら音に敏感に反応したリスのようだ。木の実を口に含んだリス——胡桃やけど。
「どういうことですか?」
そう問う。
そして、振り向いた拍子に持っていたペットボトルを落として、あわあわわわ、とその言葉通り慌てふためいている。
「この事件——ちゃうな案件は最初、『自殺』か『他殺』かで始まった。で、色んな点に納得いく点があったから、『他殺』で推理を進めた。でも、今気付いたわ。それだと、不可解な、説明のつかない点がある」
そう、ここが1番重要な分岐点であったにも関わらず、私はある見落としをして、推理の方針を誤ってしまった。
今後の反省点や。尤も、今後こういう形で巻き込まれるのは勘弁やけど。
で、急にパソコンの電源がついて慌ててるそこの
ってか、すげー壁紙やな。『少年倶楽部』って。
「じゃぁ、これは先生の自殺だったということですね!」
相変わらず、いいところを持っていくなぁ!
「まぁ、そういうことなんやけどな」
「でも、どうしてそういう結論になるんです?巧君も一応認めていますよね、毒を混入させたって」
いや、判らんと言っとったんかよ。
「ああ、ワイン以外にな」
「じゃぁ、やっぱり巧君が入れた毒で先生が殺された可能性もあるじゃないですか!」
「つまり、実際はワインには毒物が入っていなくて、先生も青酸カリ以外の毒物によって死んだ場合か?」
「ええ、そうです。庄司さんだって法医学の先生じゃない、専門外って本人も仰ってましたし、誤った可能性もありますよね」
「ああ、そうやな。私もそう思とった。でもそやったら、なんで先生の周りにはワインが溢れていて、ペットボトルの水はなかったんや?
当然、その理由はペットボトルの水を先に飲んだか、先に処理したかや」
「ええ、そうです。それでいいじゃないですかぁ!」
何で、胡桃がそんなに巧君犯人説に拘るんかは知らんが、話を進める。
「でもな、水飲んだ後にワインを飲むなんてことあるか?」
「ないですね」
えらい早いこと自説を諦めたな……。
「水を飲むタイミングとしては薬を服用時に飲んだか、あるいは、ワインを飲んだ後にアルコールの浸透圧によって喉が渇いて飲んだ場合や。どのみち、ワインより水の方が後やから溢れているのはワインじゃなくて水やないとあかん。でも、実際溢れてたんはワインやった。だから、巧君が入れた毒物によって先生が死んだ訳ではない。となると、水が先に処理された……」
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい」
何や胡桃、今最後のええとこなんやけど。
「よく考えたら、水に入っていたのが遅効性の毒物だったらどうですか?ワインより先に薬を服用するために水を飲んだ可能性。いやいや、ワインにも元々巧君以外の人が入れた毒物が混入されていた可能性もあるじゃないですか!」
「ま、確かにな。でもその2つの可能性を一気に消す事実があるんや」
そういえば、このことまだ言ってなかったな。胡桃の頭では追いつかないのも無理はない。
「ええか。中元が今言った2つの事象の場合、どのみち先生は毒で死ぬことを予期せずに飲んだことになるわな」
「当然じゃないですか」
「その場合、おかしいんや。この部屋の状況が」
「……
ギブです!判りません!」
まぁ、胡桃が判ったら怖いけどな。何せあの晩起きていた人しか判らんから。
「その重厚感溢れるマホガニー製の椅子が音もなく倒れていることや」
昨日の夜、私はずっと起きてたから判る。あの晩は静かな夜だった。さっき胡桃が言ったパターンやとこういう筋書きになる。
何にも知らずに、水なりワインを飲んだ先生が椅子に座りながらワインを飲んでいる最中に中毒を起こして椅子ごと床に倒れるようにして死亡。
この時、当然意図せず椅子を倒してるんやから盛大な音を立ててへんとおかしい——そう、さっきリビングで真波嬢が椅子を倒した時みたいにな——。私らの部屋は丁度先生の部屋の真上やから絶対に音は聞こえる。
それやのに音が聞こえんかったんはどうしてか。先生がわざと椅子を倒しておいたんや。どうしてそんなことをしたんかは知らんけど、最期まで私らのことを翻弄したかったんかもしれん。
やから、昨晩あの部屋で起こったことはこうや。
先生は水に異変を感じ——あの予告状も多分先生の自作やろ。敢えて犯人のことを煽って泳がせてみた、みたいな。どのみち死ぬつもりやったんやろな——、水を窓から捨てた。これがまた都合よく巧君が用意した鉢植えの上にかかり、その鉢植えの植物が萎れるに至った。或いは、わざとその上にかけたんかもしれん。
で、中身を全部出し終えたらペットボトルをゴミ箱に捨ててしまってワインを開ける。そん中に予め持っていた青酸カリを入れて自殺、ああ、椅子はちゃんと倒しておいて。容器の話?それはどっかに上手く隠したんやろうけど、そのうち見つかるわ。容器がある前提で探すから。そういう意味でも日本警察は優秀やで。
たったのこれだけや。これだけやのに他人の思惑が重なってややこうなってもうたんやな。
こういう感じの内容を、胡桃に伝えると、何やら柄にもなく沈んだ顔をし、巧君に伝えれば「流石だ!」とおかしくなってしまったかのように笑い続けた。
そんな中、遠くの方でパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。
違法捜査も終焉を迎えるようだ。
一応、これが第2章全体の解決編になります。また後日、回収しきれていない部分を回収しつつ後日談を出します。
何かございましたら遠慮なくお知らせ下さい。
ここまでお読み下さり本当にありがとうございました!
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