第27話 その後
警察に通報してから約2時間後。地元の警察に続き、本庁の刑事たちも臨場して現場検証が始まる。
私の推理を一通り刑事に伝えると、「はぁ……」と気のない返事をして鑑識に色々と伝えていた。
外の植木鉢やら書斎のゴミ箱の中のペットボトルやらをしっかり回収していったところをみると、一応内容は伝わったと見て間違いあるまい。
「先輩、これで終わったんですよね?」
一通り、刑事たちの事情聴取なるものが終わった後、胡桃がそう言って、近づいてくる。
「ああ、おそらく」
「でも、なにかスッキリしない終わりですね。
ある意味、先生の自殺するというのは達成されたかもしれませんが——尤も、遺書もありませんし——、巧君は言わば、先生の毒殺は失敗。
巧君は目的を達成していないのに罰を受けなければならない。不謹慎かもしれませんけど」
「確かに、中元の言う通りかもしれんけど、そんな横溝作品みたいに未亡人が犯人で金田一お決まりの台詞『しまった』の後服毒なり何なりで自害ってわけにもいかんわな。今回の場合は一応少年が犯人やから『Yの悲劇』やな」
「内田康夫の浅見光彦も『しまった』を連呼してる気がしますけどね」
連呼、とまで言われてまんで浅見さん。ほんま、胡桃の誇張には困ったもんですな、お互い。
「そういえばなんですけど、先輩。予約したいた<しなの>に乗ろうと思ったら、もうそろそろ軽井沢駅には着いてないと、ですね……」
薄く笑いながら、胡桃がそんなことを言う。
もうちょい早く言えよー! と思うが、そう言う私もうっかりしていたのだから胡桃を責めるなんてことは出来まい。
いや、もしかして乗れなくなることを狙っていたのか?念には念を入れて18:11発の<しなの>を予約していたが、この分だと19:40発の終電も乗れそうにない。敢えて気付かせるのを遅くさせ、今日中に帰れないようにするためにこのタイミングで言ってきた?ということはさっきの薄ら笑いは「シメシメ……」といった感じの笑いか。
だが、どのみち警察のうんたらかんたらでこの時間になってる訳だから最早今日長野駅付近で泊まりになることは確実。うん、やっぱり考えすぎやな。胡桃がそんな知恵働をする訳ない。納得納得。
納豆食って納得ぅー! と周囲の気温がマイナス1度下げる効果のありそうな洒落——軽井沢は標高が六甲山級らしいからもともと涼しいのにね!——を心中で呟く横で胡桃が何やらウキウキな様子で言う。
「確か、私たちは<しなの>の予約をe54◯9でしましたよね?JRおでかけ◯ットによると、列車が出るまでだったら予約nの変更ができますよ!」
う〜ん、胡桃はJRの回し者にでもなったのかな……?まるでJRのCMかのような説明的文章で喋る胡桃に私はそんなことを思う。
「まぁ、それはそうなんやけど、問題は今からどこまで帰るかや。軽井沢か長野駅までか。
はりこんでかの税金払うのが大嫌いなT.K.氏が創立したホテルに泊まるか、長野駅前のビジネス系に泊まるか……」
「なんで、そんなビジネスと高級リゾートホテルの2択なんですか!?」
「あのホテルには1回泊まってみたかったってのがあって、でも泊まれんのやったらしょーみ
「えー!わたしはビジネス嫌ですよぉ。前者がいいです!」
どうして、ここまで無理をして私たちはかの有名ホテルの名前を出さないのかは知らないが、そろそろ厳しくなってくるゾ。
「先輩ぃ〜竹内部長って経費とかに厳しい人でしたっけぇ?」
経費の計算云々をするのは部長ではなく経理部の人だと思うのだが、どうやら私と胡桃の間では少しばかり認識に齟齬があったらしい。
「偶然起きた事件に巻き込まれて偶然終電を逃したので、明日は半休を頂きます、とまでは許して貰えて、ビジネスくらいやったら宿泊費も出張費として下ろせるかもしれんけど、流石にあそこは無理」
「ですよねぇ〜」
目の前で渋々ビジネスに泊まることになりそうで嘆く可愛い可愛い女子が2人——私だって女子ですよ!——。そう、私たちはあの人の一声を待っている訳である。
チラチラ。
「あそこのホテルだったら今からでも泊まれると思うけど。2人分、確保するように言おうか?」
よろしくお願いします! と2人して前嶋社長に頭を下げたのは言うまでもない。
流石、前嶋総業の社長という訳で難なく部屋を確保して頂けた。それになんと宿泊代も出して頂けるという訳である。
流石にそこまでは……と形だけ遠慮したのだが、「今回も色々面倒ごとに巻き込んでしまったし、お礼も兼ねて、ね」とのこと。本当に人間が出来た青年実業家様である。
「じゃぁ、僕は大阪の方に戻らんとやから。今回も迷惑をかけてしまって悪かったね」
てっきり、前嶋社長も一泊してから戻られると思っていたのだが、あまり会社を空けるわけにもいかんという話。
私たちは満面の笑みで社用車に乗る社長をお送りしてあげた。
ブロロロロ……と車が去った後、
「そう言えば、先輩。夜行バスで帰るって方法がありましたね」
「うん、どうしてか今の今に至るまでその方法に気付いてなかったわ」
「まぁ、こういうこともありますよね」
こういうことしかない、とも言えるが。
「適当に誤魔化したらええやろ」
最悪、有給を消化したらええんや。
そうですね、と胡桃は笑った。
「じゃぁ、パァっと食べて、パァっと買っていい部屋を堪能させてもらいますか!」
社長が一緒に予約しておいてくれたおフランス料理のコースは大変、美味でした。
* * *
「なぁ、どうしてお祖父さんを殺そうとしたんだ?」
パトカーの中。横に座る県警捜査一課の刑事が訊いてくる。もちろん、僕は少年法によって守られる中学生だからほぼ念の為の事情聴取に過ぎない。が、僕の罪は殺人未遂。
どうせだんまりを続けていても意味はないのでさっさと喋るに限る。それにしても"お祖父さん"という響き、気に入らない。
「南雲武丸の著書を刑事さんは読んだことがありますか?」
「高校の時に読んだことはあるけど、最近は全然。片思いだったんだけど、好きだった人が読んでて」
まぁ、そんなことをしても意味はなかったんだけどね、とその刑事は付け加え自嘲気味に笑う。僕のことをリラックスさせようとしているのだろうか。なら無駄だと教えてあげたほうがいいのだろうか。僕はいつも通り至ってリラックスしている。パトカーの後部座席って結構フカフカしているんだな。南雲武丸の最近の小説よりよっぽどリアリティ溢れる小説を書けそうだな、僕。
「じゃぁ、最近のものはお読みになってないんですね」
「ああ、そうなるが?」
怪訝な顔をして、僕に先を促す。
「僕は"お祖父さん"をリスペクトしていません。作家、"南雲武丸"をリスペクトしていたんです。だけど、最近のあの人の作品には僕のリスペクトした"南雲武丸"の面影が全くない」
「だから、殺そうと思ったのか?」
「まさか。この程度ではそんなこと思いません。僕に害がない限りは」
「ほう。どんな害が?」
イチイチ、口を挟んでくる刑事、少しイラつく。
「金、ですね。あれが生きている限り、僕に将来回ってくるであろう遺産は減る。無駄に家政婦も雇っていますし。
それに、あれが生きている限り、出版社は書かせようとする。そうすれば、駄作を生み出し続け、過去の"南雲武丸"の栄光を汚し続ける。それは許せないですねぇ。
だから、この世から作家"南雲武丸"を汚す、"お祖父さん"には退場していただこうかと」
「そんなことで……」
刑事は小さく呟くが、僕の耳はそれを逃さなかった。
「かの名探偵エルキュール・ポアロも『ナイルに死す』の中で殺人の動機として金を1位?2位?ど忘れしましたが、トップ3には数えています。人間が生きる中で確実に重要ですよ」
「あのボーガンの件も君がやったのか?」
「ええ、浜元さんにも言いましたけど、そうですよ」
「その装置は今どこに?回収したって話は聞かないけど」
「そりゃ、もう処分しましたし」
「そんな時限装置みたいなものどこで覚えた?」
「まぁ、僕も本はよく読みますしね、特にミステリを」
クイーン、カー、ホリー・ジャクソン、……ジャージ・コジンスキーと名を連ねる。ジャージ・コジンスキーは当然ミステリ作家ではないが、このぼんくら刑事にはそんなこと判りもしないだろう。
「ふ〜ん」
興味なさそうに返事をする刑事。
まぁ、いい。どうせあと少しの命だ。
この殺人——結局未遂で終わったが——自体、誤魔化すことで機会を得た。
明日には色々と報道され、その誤魔化しも効かなくなる。そうなれば、僕の命などないに等しい。今、僕の奥歯の方には青酸カリが入ったカプセルが仕込まれている。念の為に用意していたものだった。だが、使う日も近そうだ。まさか、こんなスパイみたいな真似をする日が来るとは……。そう思うと、大したことではないのに何やら感慨深い。
しかし、あの浜元さん。最後に会う人があの人であったらよかったのだが。こんな刑事で残念で仕方がない。大阪の方から来た、とのことだったから、もう会うことはない。
そんなことを思いながら、僕は刑事越しに軽井沢の町を眺めた。
(了)
無事、第2章完結致しました。これはひとえに読者の皆様の応援によるものだと思っております。
何やら靄るところがあるかもしれませんが、これでいいのです。第2章で回収できる部分はし終わりました。
また、少し日を開けることとなりそうですが、第3章、最終章と続きます。
今後ともよろしくお願いします。
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