第24話 どうして、先生はワインを飲んで死んだのか?

 南雲先生が風呂に入っている間にワインの中に毒物が入れられた、とするには十分すぎるほどの証拠がある。

 だから、その時にワイン中に毒を入れられた人物について考えた。

 ここまでは当然の流れや。

 あの時、胡桃はトイレの中。その前に私がおったから、私たちは除外していい。何でって、私が南雲先生の部屋を開けたり閉めたりしたら、トイレの中にいようとも胡桃に気づかれてまうやろ。

 リビングには誰がおった?

 南雲先生の娘夫婦——庄司さんと真波嬢——、それに絢音さん、仲川さんを加えた4人。

 皿を洗う音と、皿を割る音からキッチンには三田谷さんがいた。

 となれば、この時に行方が不明なのは

 前嶋社長はから犯人の条件に適さない。

 消去法で、1番犯人に適しているのは巧君。


「どうしたんですか、浜元さん」

 何で、そんなに落ち着いていられるんだ?少なくとも、祖父が死んだんやで。

 思えば思うほど、巧君の言動が異様なものに思えてくる。

「長話は嫌いだから単刀直入に聞くね。

 南雲先生を殺したのは巧君だよね?」

 たった、15文字。

 これでもう後戻りはできない。

 閉じていた巧君の唇がゆっくりと開く。

 否定してくれ、バカバカしいと一蹴してくれ。私は心のどこかではそう思っていたと思う。


「そうですよ」

 映画の1カットかのような静寂が部屋を支配する。

「でも、どうして判ったんですか?ミスをした覚えはないんだけど……」

 非常に落ち着いた状態で、独り言のように訊く巧君。

 何か、精気を吸われるようなそんな感じになるが、訊かれているのだから答える義務があると思う。


「はぁ、植木鉢ですか。

 そう言えば、の部屋から出る時、蹴って割ってしまったのかと思い、前に僕が作った鉢植えに変えて置いたんですが、あれが蛇足となってしまいましたか。

 それはさておき、ロジカルで見事な推理ですね」

 まるで、高校野球の監督が今日の試合の敗因を語るが如く呟いたが、「ただ……」と続けた。


「僕がんですよ」

 私は鈍器で頭を殴られたような気分になった。

 青酸カリじゃない?しかも混入させたのはワインじゃなくてペットボトル?どういうことなんだ?

 巧君が嘘を言っている?いや、そんな気配は感じられない。何より、本人はそれが何であれ


「どういうことなんですか?先輩」

 ずっと静かにしていた胡桃が小さく耳打ちしてくる。

「私も何がなんやらさっぱり判らん」


「どうしましたか?」

 巧君が心配そうに訊いてくる。

「本当に、巧君が毒を入れたのはペットボトルなの?」

「ええ。間違いありません。

 というのは、昨日の夜、南雲武丸の部屋に入った後、——最初から毒は持っていましたから——さっさと毒を仕込もうと思ったんですね。

 当初の予定では毒はんですが、先生たちも両親が用意したカステラと同じカステラをご用意なさっていたようでどちらに混入させればいいのか判らなかったんです。

 仲川さんが、南雲武丸にワインの差し入れをしていたのは目の前で見ていましたから知っていましたけど、果たして南雲武丸がカステラとワインのどちらを優先するのかが判りませんでした。南雲武丸は大極殿本舗の春庭良をとても好んでいるので、一見カステラを食べるのかとも思いましたが、何せ晩御飯の時はワインを飲んでいませんでしたからねぇ。カステラとワインを同時に食するパターンは流石にないと思いましたし。

 そこで、目に入ったのがでした。

 そう言えば、前に来た時も忘れず薬を飲んでいたのを思い出しまして、嗚呼これならいけるなと思いました。

 ここには結構脳を使ったんですけどね、まさか、最後の植木鉢でやらかしているとは」

 未だ中学生とはとても考えられない饒舌な答弁。

 "祖父"ではなく、"南雲武丸"と強調するのには色々考えさせられるが、今考えるべきはそんなことではない。

 最早、巧君が毒物を仕込んだのはワインではなく水の入ったペットボトルである可能性が高い。

 じゃぁ、どうしてワインを飲んで先生は死んだ?


「それにねぇ」

 口巧者くちごうしゃな中学生は止まらないようだ。

「青酸カリって殺人に向いてないんですよ。

 最近結構話題になるでしょ?

 青酸カリって不味いですからどうやって飲ませるのが正しいのか?

 入手方法も昔に比べて困難ですしね。下手な推理小説みたいに近くの廃工場から、というワケにもいきませんよ」

 巧君にとって自分のせいで祖父が死んだのか、どうかというのはどうでもいいことなのだろうか?

 会話をしているとそんな風に思えてくる。いや、確信だ。巧君にとって重要なのは南雲武丸という人間が死んでいるかどうかという点のみ。


「もうちょい、訊きたいんだけど」

「どうぞ」

 朝会った時より心なしか目を輝かせて、口を挟む。

「前にあったというボーガンでの殺害未遂事件。あれも巧君がやったんだよね?」

 巧君が怪しいと思ってからだが、これには確信近いものがある。

 あの時、先生に近付こうとした巧君は比較的早くあの場にいた割に少し遅れて先生に駆け寄った。まるで、矢が2かのように。ボーガンの矢が飛んで来た方を見ながら。


「あれもねぇ、変なんですよ。2発目もしっかりセットしておいたのにどうしてか1発しか出なかったんですよね。後で回収に行ったら1本は残っていたから多分上手く2発目が装填されなかったんだと思いますけど」

 原因追及から凶器の回収処分まで、本当に中学生とは思えない所業や。

「あの毒殺予告も?」

「ああ、あれですか。あんな稚拙な物は作る趣味はありませんよ。したところで何の得もないですし」

 サクサクと会話は進むが、どんどん話がややこしくなっていくばかりだ。

 得られたことはほぼなく、謎が増えていくばかりだ。

 一体どうして、先生はワインを飲んで死んだのか?

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